それは薔薇の魔法
シリル様がいなくなったあと、訪れたのは静かな時間。
まるで今まであったことは全て夢なのでは、と考えてしまう。
でも薔薇たちは力強く咲き乱れていて。
それが夢などではなかったのだとわたしに伝えていた。
「わたし、シリル様にお礼を言われてしまったわ……」
自分の勝手でシリル様のことを怖がって、意味不明に泣き出してしまって。
その上立てないからとベンチに運んでもらって。
挙げ句の果てに、シリル様に対してあんなに失礼な態度をとってしまったのに……
あれだけの迷惑をかけてしまったのに、わたしにお礼なんて……なんて優しい人なんだろう。
「女性から人気があるのも頷けるわね…」
あの性格にあの容姿。
おまけに王子という身分。
文句のつけるところなんて、何一つない。
天は二物を与えず、とどこかで聞いたことがあるけれど、それは嘘だと今日証明された。
だってシリル様は、全てにおいて否の打ち所がなかったのだから。
それに比べてわたしは……
知らず知らずのうちにため息がこぼれた。
わたしはただの庭師。
この城で働けるだけで幸運な、ただの庭師だ。
シリル様という人に少しぐらい優しくされたからといって、勘違いをしてはいけないわ。
と言ってもあれだけ格好良いので、少しぐらい夢見るのは許してほしいのだけれど。
でもとにかく、身の程はわきまえていなければ。
ふるふると雑念を振りきるように頭を振り、わたしは次の場所へ向かった。
シリル様とのことは、忘れなければ……
そう強く思いながらも、その日一日、わたしの頭の中ではシリル様の姿がちらついていた。