それは薔薇の魔法
少し早い歩調であそこへ向かう。
大きな広場には名前がついているけれど、ちょっとしたこういうところには名前がついていない。
だからわたしは勝手にここをグレースと呼んでいる。
グレースにつく頃にはあたりは薄暗く、夜の訪れが近いことを空が示していた。
少しすると、暗闇の中ぼんやりとした光が、薔薇の花を浮かび上がらせる。
遠くの方で少し騒がしい音が聞こえるので、きっと向こうでもお茶会が始まったのだろう。
わたしはベンチに座り、持ってきた本を膝の上で開いた。
最近は読書の時間があまり取れなかったから、こういう機会も悪くないのかもしれない。
薔薇たちに囲まれて読書……
まるで自分がどこかのお姫様になったみたいで少し笑みがこぼれる。
しばらく読み進めていると、かなりの時間が経ったみたいだった。
お腹がすいてしまった……
思い返してみると、食器洗いを終わらせてから昼食にしようと思っていたので、お昼を食べていない。
それはお腹もすくわよね。
でもどうしよう……ちょっとぐらいならここを離れても大丈夫かしら。
肌寒いし、上着もほしい。
少し悩んだけれど、やっぱり空腹には勝てない。
本を隣に置いて立ち上がると、生け垣のところがゆらりと揺れた気がした。
よく目を凝らしてみると、誰かが立っているみたい。
わたしがここにいることは、アレン様とシェイリー様しか知らないはず。
では、一体誰が……?
「そこにいるのは、誰……?」
声をかけると揺れる影。
「姿を見せないと、叫びます」
少し恐怖を感じながらも、決して弱さを見せないように声が震えないように気を付ける。
大丈夫、例え怪しい人だったとしても、この距離なら逃げられる。
逃げられなくても、声を上げる時間ぐらいなら稼げるはず。