それは薔薇の魔法
緊張と恐怖でドキドキする胸に手を当てて落ち着かせる。
これはいよいよ叫ぼうかしらと思ったとき、影が動いた。
「すまない。せっかく逃げてきたので、声を上げるのはやめてくれないか」
苦笑混じりの声。
聞き覚えのある声に眉をひそめる。
いや、でもこの人は今向こうにいるはず。
わたしの気のせい……?
困惑するわたしに影はその姿を見せた。
「シ、シリル様っ!?」
やっぱり聞き間違いではなかったらしい。
そこにいるのは間違いなくシリル様。
「どうしてここへ…?」
近づいてくるシリル様に、思わず戸惑いの目を向ける。
だって、今ごろシリル様は向こうでお茶会の真っ最中のはず。
むしろ、あのお茶会はシリル様のために開かれたものなのだから、いなくてはならないはず。
なのに何故……?
頭の中でぐるぐると疑問が巡る。
「困惑するのは分かるが、少し休んでいってもいいか?」
「あっ、はい」
いつのまにか目の前にシリル様がいて。
慌ててベンチの上の本をどかせて座る場所を作る。
「どうぞ……」
「ありがとう。
貴方には迷惑をかけてばかりだな」
「いえ、そんな……」
むしろわたしの方が迷惑をかけているのでは、と思ったのは言うまでもない。
シリル様が座ったため、わたしの方が目線が上になり見下ろすような形に。
暗闇の中、ライトに照らされたシリル様の金の髪が淡く輝く。
下から紫の瞳を向けられてドキリと胸が跳ねた。
「座らないのか?」
「え、でも……」
座る場所が……
「ここに座ればいい」
そう言って指したのはシリル様の隣。
確かに、そこに座ればいいのかもしれないけれど……