それは薔薇の魔法
そろそろお昼時だし、人も多くなってくるかしら。
わたしのように身分の低い者がこんな場所にいては、他の人たちに迷惑よね。
調理場で何か仕事があるといいのだけど……
移動しようと振り向いた瞬間、何かにぶつかってしまい、後ろに倒れそうになる。
「きゃ……!」
「おっと、」
思わず目を瞑ってしまったわたしの体は、ぐいっと引き寄せられて、今度は前に倒れそうになり、何かにぶつかった。
そぉっと目を開いてみると、目の前には美しい刺繍の施された布。
視線を上げて、その人を見てわたしは目を丸くする。
どうしてここに……?
「シリル、様……」
綺麗な紫の瞳の中に、わたしの姿が映っていた。
不意にその瞳が細められる。
「大丈夫かい?」
「あ、はい、大丈夫です……」
突然のことだったからか、頭がうまく働かずに、しどろもどろな返事をしてしまう。
けれど、シリル様はそうか、と言ってわたしの手を離した。
あ……わたし、シリル様に突進して助けてもらったんだわ。
なのにまたお礼が言えていない。
「あ、の……すみませんでした。それに、支えて下さってありがとうございます」
慌てて頭を下げると、上からくすりと微かな声が聞こえた。
不思議に思って顔を上げると、穏やかな笑顔のシリル様が。
「あぁ、笑ったりしてすまない。
貴方と会うときは、いつもこんな感じだと思ってね」
……そういえばそうだったかもしれない。
わたし、どれだけの迷惑をかけてきたのかしら。