それは薔薇の魔法
背中を向けたまま少し離れたところに立ち、深呼吸をする。
心を穏やかにしなければ、わたしの力は使えない。
"想う心"が、わたしに力を与えてくれる。
ゆっくり呼吸を繰り返すわたしを、シリル様は何も言わずに見ていた。
サワサワと葉が揺れ、花弁が舞う。
すっと息を吸い込み、わたしは歌った。
大きな声ではないけれど、薔薇たちに聞こえるように。
語りかけるように。
わたしの想いが届くように、心を込めて歌う。
五分ほどして歌は終わった。
薔薇たちの様子から、このぐらいで大丈夫だとは思うけれど……
念のためにもう少し歌おうかと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「すごいな……」
振り返ってみると、目を見張っているシリル様。
「貴方は、いつもこうして薔薇たちの世話を?」
「はい。といっても歌うのは薔薇たちの元気がないだけです」
「そうか……」
不意に、シリル様の瞳がわたしを捉えた。
宝石のように輝く、紫の瞳がわたしの姿を映す。
ドキドキと、緊張で心臓が痛い。
「この城の薔薇がいつも美しいわけが分かった気がするよ。
貴方の歌は、聞くもの全ての心に響くような、染み渡るような愛情に溢れている」
「そんな……」
優しく微笑まれて、まして薔薇だけでなく自分のことを褒められるなんて……
畏れ多いやら嬉しいやらで、どう反応すればいいのか分からなくて困惑する。
視線を外し、少しうろうろさせたあとに、そっとシリル様に目を向ける。
ばっちりと目が合ってしまって、慌てて背中を向けた。
……この際、この態度が失礼だというのは目を瞑ろう。