君色-それぞれの翼-
バス停に人の姿は見られなかった。
まだ扉の開いていないバスの中は暗く、薄気味悪い。
「バス開かないねぇ。暇だし、運転手の人来るまで付き合うよ。」
そう言って苗はベンチに腰を下ろした。
髪を靡かす風が、少し緩い。
桃色に染まっていた桜の木も、いつの間にか葉桜で緑に包まれている。
希咲はそっと溜め息を吐いた。
考えるのは、戸谷君の事…
戸谷君はもう好きな子が出来てたり…
"大切な子"と上手くいってたり…
話せないことが不安に繋がり、何故かネガティブな思考に走ってしまう。
(…避けられてるのかな。)
顔を合わせても挨拶すらしなくなったので、そう思うことも少なくは無かった。
「あっ!!」
少し後ろにいた杏奈が何を見たのか、駐車場を指差した。
「ベンツだぁ!!すごーい!!」
「………あっ」
杏奈はそのベンツに駆け寄った。
それは銀色の…戸谷君の家のベンツ。
杏奈や苗はきっと知らない。
自分だけが、知っていること。
「あ、ごめん。あたしそろそろ帰るわ。」
あたしが、戸谷君の家のものだと言う前に苗は立ち上がり、杏奈を手招きした。
「あ、帰る?」
「うん、ちょっと…ね。」
苗が引きつった笑いを零したその時、苗の頭に何かが直撃した。
直後、苗はそのまましゃがみ込み、頭を抱えている。
「あ、強すぎたな。すまん。」
苗の後ろに、傘を振り上げた状態のまま固まっている滑川君がいた。
杏奈は唖然として滑川君を見ている。
あたしが立ち上がらせようと手をのばすと、苗は球技大会の朝の様に、勢いよく立ち上がった。
「いたぁ…このばかっ!!」
「おっと…!!」
滑川君は苗の手から身を守る様に、後ろにいた誰かを盾にした。
途端に苗は滑川君に対する仕返しをやめ、少し後退った。
滑川君が盾にした人物は…戸谷君。
あたしは戸谷君の姿を見るなり、咄嗟に顔を逸らした。