《大.落》♥ やらかしちまって!〜眠り姫★
自分の掌を眺めてみても、今は何も感じない。
一子の温もりや、感触は全く感じられなかった。感じたくてもあの感触までは、うまく思い出せないのだ。
「秀馬、報告があるんだ」
マッツンが改まった口調で言う。隣に麻耶を呼び寄せ、2人して秀馬を見つめてきた。
「……なんだ?」
2人が揃って報告したいことだとしたら、それはひとつしかない。
ーーーだけど、あえて言わせてやろう。
そう思ってマッツンを見た。
「俺たち……来年結婚することにしたよ」
「そうか、おめでとう」
椅子から立ち上がり、マッツンと麻耶を両腕を伸ばして抱きしめた。
「秀馬、ありがとう」
いつでも綺麗な麻耶の顔が、更に美しく輝いていた。
「ありがとう。色々と……。迷惑かけたな」
はにかんだようなマッツンの笑顔。
「良かったな」
本心だった。2人の仲は、aubuをオープンさせた頃から知っていた。
夢を追い続けた麻耶。そして、aubuをオープンするために秀馬の片腕となり、尽力してくれた美容師仲間のマッツン。
仲の良い時も悪い時も見てきたから、結婚という結論に達してくれたことにホッとしていた。
ーーーこれで、一安心だな。
週刊誌には、秀馬と麻耶のハグしていた場面が撮られ世間に誤解されているが、そんなのは大した事じゃない。
マッツンと麻耶が、うまくいくなら世間の誤解なんかどうでも良い。そう思っていた。
だが、昨日三津子から一子があの週刊誌が原因で寝込んだと聞いて、初めて事実を釈明したいと心底感じた。
だが、紅い服を着た一子が言ったのだ。
『大丈夫ですから。私に説明しなくても……』
一子の言葉を思い出した秀馬の胸が、チクリと痛んだ。やがて、小さな痛みが全身に広がるまでにさほど時間はかからなかった。
マッツンと麻耶を玄関まで見送り、ドアが閉まると秀馬は、急に動き出していた。
寝室へ走って行き、鍵と財布、コートを抱えて急いで外へ出た。
まだ、マンションの廊下を歩いていたマッツンと麻耶が驚いて振り返る。
鍵をかけて、走ってくる秀馬にマッツンも麻耶も瞳を大きくしていた。