square moon
待ち合わせのスターバックスに向かう。
父から吉沼さんに渡すものを持ってスタバに入る。
彼女らしき人はいない。
本日のコーヒーを頼んでゆらりと揺れる湯気を眺める。
そういや父もコーヒー好きだったな、とふと思った。
父が亡くなり喪主として葬式をした。
バタバタと葬式を終えてそのあと残務処理をして
しばらく仕事を休んだが
休んだうちに仕事が溜まりそれをこなす日々だった。
悲しかったけど泣いてる暇もなかった。
父を思い出す暇もなかった。
こんなゆっくりした時間なかったな…
父の思い出に浸る暇もなかった。
死んだ人を思い出してやるのは供養になるというが
やっとそんな余裕ができたのかもしれない。
父はよくスタバにいってたなぁ。
そんなことを思いながらコーヒーに口をつけた。
すると
『ユウさん、ですよね?』
と声をかけられた。
ふとその声の方に目をやると
ジャージにエプロンをかけた女性が息を切らして立っていた。
よく見ると葬儀に来ていた女性だった。
『ええと…』
『吉沼です。すいませんお忙しいのに。
この度は本当に…』
といい、頭を下げた。
『あ…お葬式に来てくださいましたよね?』
『あ…覚えてらっしゃいましたか?』
『はい。お忙しいのにありがとうございました。』
父にキスしてたでしょ?とはいえなかった。
『あ、ごめんなさいね、こんな格好で…
仕事からまっすぐ来たので…』
『いやいや…』
『すみません、私も飲み物買ってきます。』
そういうとカウンターに財布を持って並んだ。
彼女の飲み物ができると、戻ってきた。
『お仕事なにされてるんですか?』
『あぁ、保育士です。』
『あぁ、なるほど。』
『すいません、本当にこんな格好で。
エプロンくらいはずせばよかったね。
でも外したら外したで子供が喜ぶようなTシャツだから』
とちょっと恥ずかしそうに笑った。
華奢な人だった。
こんな小さな体で子供と走り回ってるのだろうか。
時折見せる笑顔がひまわりのようで
こんな先生がいたら子供たち喜ぶだろうな、と思った。
『あの…父から預かったものが…』
本題を切り出した。
『あ…なんでしょう』
『生きてる頃に俺に何かあったらあなたに渡すように言われてまして…』
と父からの大きな封筒を渡した。
『ありがとうございます…』
彼女は深々と頭を下げた。
封筒を受け取るとしばらく彼女は泣き出しそうな表情でそれを眺めた。
『開けてみてもいいですか?』
『はぁ。どうぞ。』
そういうと彼女は封筒を丁寧に破り中を覗いた。
『あっ!』
と声をあげると封筒に手を入れて中身を出した。
彼女の手には父が使っていた小さなポーチが握られていた。
彼女はそれを眺めると
『いただいていいのかなぁ。』
と僕の顔を見た。
『父の遺志ですから』
と答えた。
『お父さん、よくこれ使ってらして…
飽きたらちょうだい、っていってたんです。』
目に涙を浮かべて彼女は言った。
ポーチを開けると中身を確認していた。
『あ…』
と小さな声をあげると中に入っていた封筒を眺めた。
封筒には彼女の名前が書かれていた。
封筒をテーブルにおき、さらに中を探っていた。
他には入っていなかったようだ。
『ありがたく形見分けいただきます。』
と彼女は頭を下げた。
『少しは落ち着かれましたか?』
と僕に聞いてきた。
『葬式で仕事休んでて仕事がたまりまして…
ここのところ激務でしたが
やっとなんとか…』
『1か月たちましたもんね。
私も母を亡くしてるのでわかります。
でも、なんでお父さん亡くなられたの?』
『くも膜下、でした。
倒れてそのまま…』
『そうでしたか…』
とため息をついた。
『急だったからもしかして…と思ったりもしたんです。少しほっとしました。
彼、ほら、病気があったから。』
『…ご存知なんですか?』
『ええ。』
父は50になるちょっと前にうつ病になった。
一時それで仕事を休んだりしていたこともあった。
『あのときも、息子さんたちがいるから、って頑張ってたんですよ。
確かまだ、ユウさん、大学生でしたよね?』
『あぁ、そうですね。』
『子供たちが自立するまでは死なないよ、といってたんです。』
『あの…確か父の教え子さんでしたよね?』
僕がそう聞くと一瞬の間があり
『ええ。』
と答えた。
『父、そんなことまで吉沼さんに話してたんですか?』
『私、いつまでもお父さんに頼ってましたから。
卒業しても困ったことがあると連絡してたんで。』
『なんか、意外でした。』
『なにが?』
『父、教え子さんにそんなプライベートのこと話すんだって。』
『私問題児でしたから。
お父さん、いつも気にかけてくれてました。
だから色々話してくれてたんだと思います。』
本当に意外だった。
そのあと父の思い出話をさせてもらった。
『ユウさん、親御さんいないと大変だよね。
割と近くなんだし、なんかあったら親戚のおばちゃんだと思って連絡してくださいね。
お手伝いできることあれば。
弁当のおかずの1~2品はあげられるから。』
『ありがとうございます。』
時計を見ると
『せっかく早く仕事終わったのにこんなおばちゃんと話してたらもったいないね。
デートでもしてらっしゃい。』
といいながら彼女は立ち上がった。
『本当にありがとうございました。』
そういうと彼女は頭を下げた。
『いえいえ、かえってお忙しいのにお時間とらせて…すいません。』
『じゃあ、また。』
『ええ。』
そういうと二人でスタバを出た。
『このスタバにもお父さんと来たことあったな~』
と彼女がいう。
『そうなんですか?』
『窓を眺めながらコーヒー飲んでましたね、あの人。
ユウさん、声似てるからなんだか泣きそうになりました。』
『親父に似てるかなぁ?』
『他から見るとそんなもんですよ。』
そんなことを話しながら彼女と別れた。
最後に彼女は、父のことを
『あの人』と呼んだ。
妙にそれが引っ掛かった。
父から吉沼さんに渡すものを持ってスタバに入る。
彼女らしき人はいない。
本日のコーヒーを頼んでゆらりと揺れる湯気を眺める。
そういや父もコーヒー好きだったな、とふと思った。
父が亡くなり喪主として葬式をした。
バタバタと葬式を終えてそのあと残務処理をして
しばらく仕事を休んだが
休んだうちに仕事が溜まりそれをこなす日々だった。
悲しかったけど泣いてる暇もなかった。
父を思い出す暇もなかった。
こんなゆっくりした時間なかったな…
父の思い出に浸る暇もなかった。
死んだ人を思い出してやるのは供養になるというが
やっとそんな余裕ができたのかもしれない。
父はよくスタバにいってたなぁ。
そんなことを思いながらコーヒーに口をつけた。
すると
『ユウさん、ですよね?』
と声をかけられた。
ふとその声の方に目をやると
ジャージにエプロンをかけた女性が息を切らして立っていた。
よく見ると葬儀に来ていた女性だった。
『ええと…』
『吉沼です。すいませんお忙しいのに。
この度は本当に…』
といい、頭を下げた。
『あ…お葬式に来てくださいましたよね?』
『あ…覚えてらっしゃいましたか?』
『はい。お忙しいのにありがとうございました。』
父にキスしてたでしょ?とはいえなかった。
『あ、ごめんなさいね、こんな格好で…
仕事からまっすぐ来たので…』
『いやいや…』
『すみません、私も飲み物買ってきます。』
そういうとカウンターに財布を持って並んだ。
彼女の飲み物ができると、戻ってきた。
『お仕事なにされてるんですか?』
『あぁ、保育士です。』
『あぁ、なるほど。』
『すいません、本当にこんな格好で。
エプロンくらいはずせばよかったね。
でも外したら外したで子供が喜ぶようなTシャツだから』
とちょっと恥ずかしそうに笑った。
華奢な人だった。
こんな小さな体で子供と走り回ってるのだろうか。
時折見せる笑顔がひまわりのようで
こんな先生がいたら子供たち喜ぶだろうな、と思った。
『あの…父から預かったものが…』
本題を切り出した。
『あ…なんでしょう』
『生きてる頃に俺に何かあったらあなたに渡すように言われてまして…』
と父からの大きな封筒を渡した。
『ありがとうございます…』
彼女は深々と頭を下げた。
封筒を受け取るとしばらく彼女は泣き出しそうな表情でそれを眺めた。
『開けてみてもいいですか?』
『はぁ。どうぞ。』
そういうと彼女は封筒を丁寧に破り中を覗いた。
『あっ!』
と声をあげると封筒に手を入れて中身を出した。
彼女の手には父が使っていた小さなポーチが握られていた。
彼女はそれを眺めると
『いただいていいのかなぁ。』
と僕の顔を見た。
『父の遺志ですから』
と答えた。
『お父さん、よくこれ使ってらして…
飽きたらちょうだい、っていってたんです。』
目に涙を浮かべて彼女は言った。
ポーチを開けると中身を確認していた。
『あ…』
と小さな声をあげると中に入っていた封筒を眺めた。
封筒には彼女の名前が書かれていた。
封筒をテーブルにおき、さらに中を探っていた。
他には入っていなかったようだ。
『ありがたく形見分けいただきます。』
と彼女は頭を下げた。
『少しは落ち着かれましたか?』
と僕に聞いてきた。
『葬式で仕事休んでて仕事がたまりまして…
ここのところ激務でしたが
やっとなんとか…』
『1か月たちましたもんね。
私も母を亡くしてるのでわかります。
でも、なんでお父さん亡くなられたの?』
『くも膜下、でした。
倒れてそのまま…』
『そうでしたか…』
とため息をついた。
『急だったからもしかして…と思ったりもしたんです。少しほっとしました。
彼、ほら、病気があったから。』
『…ご存知なんですか?』
『ええ。』
父は50になるちょっと前にうつ病になった。
一時それで仕事を休んだりしていたこともあった。
『あのときも、息子さんたちがいるから、って頑張ってたんですよ。
確かまだ、ユウさん、大学生でしたよね?』
『あぁ、そうですね。』
『子供たちが自立するまでは死なないよ、といってたんです。』
『あの…確か父の教え子さんでしたよね?』
僕がそう聞くと一瞬の間があり
『ええ。』
と答えた。
『父、そんなことまで吉沼さんに話してたんですか?』
『私、いつまでもお父さんに頼ってましたから。
卒業しても困ったことがあると連絡してたんで。』
『なんか、意外でした。』
『なにが?』
『父、教え子さんにそんなプライベートのこと話すんだって。』
『私問題児でしたから。
お父さん、いつも気にかけてくれてました。
だから色々話してくれてたんだと思います。』
本当に意外だった。
そのあと父の思い出話をさせてもらった。
『ユウさん、親御さんいないと大変だよね。
割と近くなんだし、なんかあったら親戚のおばちゃんだと思って連絡してくださいね。
お手伝いできることあれば。
弁当のおかずの1~2品はあげられるから。』
『ありがとうございます。』
時計を見ると
『せっかく早く仕事終わったのにこんなおばちゃんと話してたらもったいないね。
デートでもしてらっしゃい。』
といいながら彼女は立ち上がった。
『本当にありがとうございました。』
そういうと彼女は頭を下げた。
『いえいえ、かえってお忙しいのにお時間とらせて…すいません。』
『じゃあ、また。』
『ええ。』
そういうと二人でスタバを出た。
『このスタバにもお父さんと来たことあったな~』
と彼女がいう。
『そうなんですか?』
『窓を眺めながらコーヒー飲んでましたね、あの人。
ユウさん、声似てるからなんだか泣きそうになりました。』
『親父に似てるかなぁ?』
『他から見るとそんなもんですよ。』
そんなことを話しながら彼女と別れた。
最後に彼女は、父のことを
『あの人』と呼んだ。
妙にそれが引っ掛かった。