君だけに、そっとI love you.
──4月──
去年よりも少しあたたかい風が吹き、その風が体をそっと横切り、制服のスカートをふんわりと揺らす。
薄いピンク色の桜の花びらが優しく風に舞いながら次々と散っていく。
学校の鐘が鳴る音が響く──。
正門の側にある随分と大きな桜の木を見上げている菊恵。
今から少し前の3月──。
この校舎から大好きで尊敬をしていた小川 まゆ先輩が静かに巣立っていってしまった。
なんだか、私の心の中に急に空洞ができたみたいで寂しくなった。
サッカー部で3年生を送る会をした時のことだった。
小川先輩はいつもと変わらないキラキラした笑顔で私に近づいて少し話をしに来てくれた。
「吉井さん、これからも、部員達のことをよろしくね!」
「はい。小川先輩」
「吉井さんに、少し忠告をしてもよろしいでしょうか?」
いきなり私に忠告って一体なんだろうと思った。
「えっ、忠告……って!?何ですか……?」
「単刀直入に言うと、吉井さんちょっと鈍感なところがあるように思うのよねー……」
神頼みをするような顔つきの菊恵。
「小川先輩、つまり私のどんなところが鈍感なんでしょうか?この際、包み隠さず全部教えてください!お願いします!」
「あのね。だからねー……。もっともっと、自分の近くを良く見てごらん───・うわぁっ!?あっ‼」
急に西島先輩が割り込み、話終えていない小川先輩の腕を強くつかんで「ほーらっ、顧問の溝口先生が早くあっちで皆の集合写真を撮るって言ってんぞー!早く来いよー!」とさらっていった。
ずりずり引きずられながらも小川先輩は必死に私に顔だけを向けて「吉井さん。吉井さーん!……近くを見て。絶対に、早く気づいてね!」と私に強く訴えていた。
小川先輩の言葉をまとめる菊恵。
“鈍感、近くを見る、早く気づいて。”
キョロキョロと近くを見渡す菊恵。
私の近くには部員達が飲み干した空の紙コップや菓子袋等がある。
なるほど! !
これを早く片付けなさいということをきっと私に伝えたかったんだ。
私は、確かにマネージャーとしての意識が欠けていた。
ふと顔を上げると目線に坂口くんが入る。
なにやら私よりも早くからゴミ袋を片手に片付けを始めていたらしい。
「吉井さんも早く行っておいでよ、集合写真」
「いいよ。そんなことより、坂口くんこそ、早く行っておいでよ。続きはこのマネージャーの私がやるから!」
そうこうしていると周翼と菊恵のゴミ袋の取り合いが始まった。
あきれ顔で遠くから周翼と菊恵の二人の様子を見ている小川先輩。
──だから、吉井さん………、違うんだってば。私が言っているのは、坂口くんの気持ちのことだよ!
待ちくたびれた溝口先生が大声を出して二人を呼ぶ。
「おーい!坂口ー!吉井ー!お前ら、早よ来い!」
周翼と菊恵が同時に「はーい!」と返事をして皆のいる場所に駆け寄る。
その時に取れた集合写真。
一番後ろの列の中央、私の隣には私をギロッとにらむ坂口くんがいる。
大きな笑顔の小川 まゆ先輩が前列の右端にいる。
──この春から私は高校2年生、小川先輩みたいな人になれるように私は頑張ります。
2年生のクラス分けの紙に自分の名前があることを確認した後、教室に向かっていっぽいっぽ歩き始める菊恵。