君を瞳に焼きつけて
ノートの中では、昨日からの明日。
私にとっては、初めての今日。

自分の席でノートをめくっては、外を眺めていた。

カタン…

「おはよ、白石。」

優しく笑ってあいさつする佐野君。
それに小さく礼をして応える私。

SHRが終わって、授業前の休み時間。
今日の1時間目は、英語。
教科書、ワーク、単語帳を高速でめくり始める。

「…なぁ、白石。」

突然呼ばれた名前にビクッとする。
その声は隣から聞こえて。
ゆっくりと振り向くと、不思議そうな表情の佐野君がいて。

「それ、読めてんの?」

今まで私が読んでいた教科書やワークを指差して、私に聞いてくる。
コクンとうなずくと、

「予習してんの?」

その質問に体が強張るのがわかった。
予習…とは少し違う。
私は、これをしなきゃ授業が全くわからないから。
それに…

これをやるように、私が言っているから。

そんなことを思っていると、突然視界に入ってきたものがあった。
机の前、つまり私の目の前に佐野君がいる。
必然的に目が合う。

すると佐野君は、

「やっと目が合った。」

って言いながら、ふはって無邪気に笑った。

(…ダメだ)

直感的にそう思って、さらにうつむく。
長い黒髪が顔を隠してくれる。
でも、わかってしまったみたい。

「顔、真っ赤。
かーわい。」

佐野君がそう言うと、さらに自分でもわかるくらい顔が熱くなる。

キーンコーンカーンコーン…

そこで授業開始の鐘が鳴った。

英語の先生が教室に入ってきて教科書を読み始める。
英語の授業は、先生が教科書を読んで少し解説するだけの授業だと書いてあったから。
私は机の中から、紺色のノートを取り出してパラ…とめくった。


これは、私が書いたもので、私が書いたものではない。


そんなことをしているうちに、英語の授業は終わり、次は体育。
みんながジャージに着替える中、私は教室から出て、ある場所へ向かった。

ガラッ

「あら、陽月ちゃん。」

着いたのは、保健室。
体育の時間はここにいる。
サボってるわけじゃない。
そうしろ、と私じゃない私が言ってるから…。

「あ、そっか。
次、体育の授業?」

コクンとうなずくと、

「ここ、座って?」

素直に従い、ふわふわのソファーに座る。
白衣を着た女の人が私の向かいのソファーに座った。

「陽月ちゃん。
私は水城奈緒といいます 。
保健室の先生をやってます。」

そう言った女の人は、黒髪をハーフアップにしたふんわりと柔らかい雰囲気の綺麗な人だった。
ニコリと笑った女の人…、水城先生はとても若く見えた。

「…体育の時は保健室に行くように書いてあったので来ました。
水城先生は…、私の事情を知っているから、と。」

そう言うと、少し、ほんの少し悲しい顔をして、ゆっくりと頷いた。

「えぇ…。
知っているわ。
だから、ゆっくりくつろいでいってね。」

私にとって、あの事を知っている人は数少ない。
だからか、心がすっと落ち着いたような気がした。

特に何かを話す訳でもなく、授業は終わり鐘が鳴った。
私が保健室を出ていこうとすると、

「陽月ちゃん。」

水城先生に呼び止められた。

「…人と関わることを諦めてはダメよ。
そのために…、そのノートがあるのでしょう?」


『人と関わることを諦めてはダメよ。』

保健室を出た後もその言葉が、頭の中を回る。

私は…



なぜ、このノートを残したんだろう。





















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