むとうさん
あの時は咄嗟に隠れてしまった。

今は、この状況に驚き、確率が低いことに当たったことにワクワクしているような自分すらいる。

私は克服できたのかな。

大丈夫。大丈夫。一人で心の中でつぶやく。

しかし、手は緊張してカットソーを握りしめている。やっと私の番になって会計する。後ちょっと。

お金をトレーに出した時、ふと顔を上げると。店を出て行く達也と目があった。私は目を離さなかった。

多分時間にして一瞬の出来事だと思う。だけどスローモーションでそこだけ時間がきりとられた。

達也は一瞬目で驚いた。でも、前を向きなおしながら、彼は満面の笑みをみせたのを見逃さなかった。

それはなんの悪意もない子供のような笑顔。

前と何も変わらない。

多分、また会ったね、元気だよってそれくらいの意味だったんだろう。そういう悪気のないずるさが前は好きだった。それにヤキモキして恨んでもいた。

だけど私はもう振り回されない。大丈夫だったんだ。私は少し涙を流した。どうして泣いたかは分からない。過去との別れを惜しんでか、やり切ったからか。このところ泣いてばかりだなぁ、なんて思ったら笑えた。

家に帰って、自分のために買った服の代わりに、ずっと暗がりの中にあったスウェットを紙袋に包んで、こっそり燃えるゴミに捨てた。
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