even if
『…え?ごめん。意味がよくわからない』


私が正直にそう言うと、渋谷くんはおかしそうに笑う。

『いいんだよ、わからなくて』


それから、私をギュッと抱き締めた。
渋谷くんの匂いは、いつも私の胸をくすぐる。


『俺、医者になるよ』

頭の上から、渋谷くんの声がする。
それは、迷いなく自分の進む道を見つけられた人の声だった。

渋谷くんの道は真っ直ぐだ。
あまりにも、真っ直ぐだから、どうして急に心変わりしたかなんて、どうでもよくなった。
それくらい、渋谷くんは揺るぎなく、前を見つめていた。


『そっか』

だから、それだけ言った。
渋谷くんが、答えを出せたことが、ただ嬉しくて。
そっと背中に腕を回して渋谷くんを抱き締めた。



『これから、受験まで頑張らないとだなぁ』

渋谷くんが、どこか嬉しそうにそう言った。

『夏休みは、ななちゃんにも会えないし、ちょうどいいか』

その時、湿った風が、私の髪の毛を乱した。

渋谷くんは、私の髪を一束ずつ取って、分け目にそって戻してくれたあと、頭をよしよし、と大きな手のひらでなでてくれた。


『しばらく会えないからさみしいけど』

優しく言われて、胸が苦しくなる。

夏休みなんて、早く終わればいい。



渋谷くんは、そっと体を離して、私の顔を見た。

ものすごく寂しそうな顔をして。


それから、もう一度私の鎖骨の間に揺れるハートに優しく唇をつけた。


『ななちゃん、24歳の誕生日おめでとう』


顔を上げた渋谷くんは笑顔だった。

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