even if
電車を下りた瞬間、海の匂いがした。

適当に下りたこの駅は、改札がひとつしかなくて、さらに言うなら、駅員さんもいなかった。

駅前には何もなかった。
コンビニもなかったし、お店もなかった。
タクシー乗り場に、タクシーはとまってなかったし、バス停の時刻表を見たら、一日に2本しかバスは来なかった。

『海、こっちかな』

ぶらぶらと海に向かって歩いていたら、渋谷くんが急に足をとめて、手を離した。

『ななちゃん、どっちがいい?』

ごそごそとリュックを探して、渋谷くんが取り出したのは棒付きキャンディだ。

『こっちがストロベリーで、こっちがコーラ』

私がストロベリーを選ぶと、

『だと思った』

渋谷くんは嬉しそうに笑った。


二人で片方の頬っぺたをふくらませながら手を繋いで歩く。

手押し車を押しながら歩く腰の曲がったお婆ちゃんや、
[HB101]というロゴのキャップを被ったお爺ちゃんにすれ違った。

『ねぇ、渋谷くん?HB101ってどこのブランドだろう。知ってる?』

三人目の[HB101]キャップお爺ちゃんにすれ違った時、とうとう私は渋谷くんに聞いてみた。

渋谷くんは、私を見て、少し目を丸くした。

『さぁ。俺も知らない。どこのブランドかな?』

そう言った渋谷くんは、何故か笑っていた。


どうして笑っているの?そう聞こうとしたら、渋谷くんが、

『おっ、犬だ』

小さな、聞いたことのない名前のスーパーの前に繋がれている犬を見て嬉しそうに言う。

紀州犬か、雑種かわからないけど、その白い犬は私たちを見ると、ふさふさのしっぽをパタパタと振った。


『お前、お利口さんだな』

渋谷くんは、その賢そうな瞳を見ながら、頭を撫でた。

『お母さん、待ってるのか?』

まるで人間と話してるみたいに、犬に話しかけている。

ふさふさのしっぽがパタパタと揺れる。

私も座って、首のあたりをかいてあげたら、気持ちよさそうに、くぅん、とないた。
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