even if
海に着いたのは、四時頃だった。


お盆もすぎ、夏休みの最後の日、海にはもう泳ぐ人はいなかった。
それどころか、誰一人いなかった。


海岸沿いを、二人で歩いた。
渋谷くんは、手を繋いだまま、ときどき、親指で私の手の甲をなでた。

一緒に海に行きたいと思うのは、好きな人だけだと思う。
少なくとも私はそう。
他のこと…例えば映画なら、そんなに好きじゃない人とでも観れる。
だけど、こんな季節外れの海を、ただ一緒に見たいと思うのは、相手が渋谷くんだから。
二人で一緒にいるだけで、私の心は満たされていく。


きれいな石を見つけるたび、私たちは足をとめて、それを手に取って眺めた。


『ななちゃん、ほら』

岩の下を覗いていた渋谷くんが、小さなかにを捕まえて見せてくれた。


『うわ、かわいい』

灰色の二センチほどのかには、ハサミをゆらゆらさせている。

『かにのおうちを作ってあげよう』


私は岩を探して、砂の上に丸く並べた。

『はい、どうぞ』


私が言うと、渋谷くんは笑って、かにを離す。


かにはあっという間に、岩を登って脱走すると、岩場に隠れてしまった。

『あぁぁ…』

唖然としていると、渋谷くんが、そりゃそうなるよな、と笑って言った。



< 112 / 200 >

この作品をシェア

pagetop