even if
『俺が、いつななちゃんを好きになったか知ってる?』


私を胸に抱いたまま、渋谷くんが尋ねる。


『…わかんない』

『初めて会った時だよ』

『初めて?』

『始業式の日、ななちゃん廊下で迷子になってただろ?』

なってた。
増築を繰り返した高校の校舎は複雑で、保健室がどこかわからなくなったのだ。

『最初は、新入生だと思って、面倒臭いし通りすぎたんだよ。でも、気になって振り返ったら、今にも泣きそうでさ。思わず声をかけたんだよ』

思い出した。
確かに声をかけてくれた生徒がいた。
緊張していて顔は覚えていないけど。

『なん組に行きたいの?って聞いたら、キョトンとして、保健室です、って言うから、最初は意味わかんなくてさ』

そう、怖い顔をされた。

『はぁ?って言ったらまた泣きそうになってさ。やっと新任の先生ってわかって保健室に連れていってあげたんだよ、この俺が』

その言い方が面白くて、私は少し笑う。

『保健室に着いたら、めちゃめちゃ嬉しそうに、ありがとう。私ここにいるから、また遊びに来てね、って言った』

私、そんなこと言ったのか…。

『保健室に遊びに来てね、なんて普通言うか、って感じなんだけど、その笑った顔がめちゃめちゃかわいくてさ』

渋谷くんは、私を抱く腕に力を込める。

『それで好きになった。一瞬で。自分でも驚くくらいに』

渋谷くんの心臓の音と波の音。
私は目を閉じる。


『どんどん好きになるんだよ。ななちゃんのことばっかり考えてるし、独り占めしたい、と思う。こんなに好きで、俺どうしよう…。もう、ななちゃんを食べてしまいたい』


渋谷くんは、そう言うと、私の耳をぱくっとくわえる。


『…やめて…』

『だから、そういう声を出さないでってば』

渋谷くんは、パッと私の耳元から離れると、はぁ、とため息をついた。


『ななちゃん、なんでそんなにいちいちかわいいんだよ…かわいい通り越してムカつく…』


『…なに言ってるの…。渋谷くんのバカ』


思わず吹き出した。
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