even if
『今日もごちそうにらってしまって、しゅみません』

焼き鳥やさんを出て、深々とお辞儀をした。

『平井先生、ろれつが回ってないですよ?本当に大丈夫ですか?』

しっかり話してるのに。
ろれつが回ってないなんて、失礼だわ。

『今度は、私がかららず…から…かな、らず出します、から』

『大丈夫じゃないでしょ!?』

歩き出そうとしたら、足元がふらっとした。
あれ?私、そんなに飲んでないのに。
これくらい、いつも平気なのに。

『平井先生、飲んでばっかするからですよ。食わないから』

そう言うと、桜井先生はよいしょ、と私の腕を自分の肩に乗せて、私の脇腹を支える。


『しゃくらいしぇんしぇ、しゅみましぇん…』

私が謝ると、桜井先生は吹き出した。

『平井先生、さ行が全く言えてないんですけど』

そう言っておかしそう笑う。


私はこんなところで何をしているんだろう。
どうして、この好きでもない人にもたれて、脇腹なんて支えてもらって、さ行が言えてないなんて笑われなければならないんだろう…。


いい、と何度も断ったのに、桜井先生はタクシーで送ってくれた。

タクシーの中でも、私はずっと回らない頭で考えていた。

どうして、この人はここにいるのだろう。
さ行も言えない同僚なんて、そこらへんにでも転がして帰ってくれたらいいのに。
どうせ私は生徒にすぐにやれちゃうと思われる女なんだから。

『本当に、ありがとうごじゃいました』

タクシーがハイツの前にとまると、私はお礼を言った。


『平井先生、さっきも言いましたが…平井先生に呼ばれたら俺、いつでも付き合いますからね?』


桜井先生はいい人だな、と素直に思った。
いい人だけど、好きな人じゃない。
この人は私の好きな人じゃない。

もし、私がこの人を好きだったら、こんな思いをせずにすんだのかな。
渋谷くんの嘘に騙されずにすんだのかな。

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