even if

gossip

あれから、私と桜井先生はたまに飲みにいく。

あの日の涙のわけを、桜井先生は聞いてこなかった。
突然、泣き出した訳も、私が口走った言葉の意味も。
それがありがたかった。






『数学のおもしろいところはですね』

ビールを飲みながら、桜井先生は熱く語る。

『いろいろあるんですが、まず数式は美しいです』

は?
数式が美しい?

『答えを導きだすのは、探検とかRPGに似てるんです。答えはひとつなのに、道はたくさんある。それに、問題は解くのも作るのもおもしろいです』

探検とかRPG?
え?


『まず直感で答えを出します。次にそれを証明しようとする。自己組織的に理論が成長していくわけです。わくわくします。間違っても楽しいんです。しかも、そうやって出した答えは、未来永劫、真理なんです』

『…はぁ』

『数学ならではの不朽性ですよねー』

ですよねー、
って、言われても…。


『あ、すみません。俺、授業中もこんな風にすぐ数学について熱く語っちゃって…。数学の世界に一人で行っちゃうんですよね…』



桜井先生は私を横目で見て、恥ずかしそうにおでこを人差し指でぽりぽりとかいた。

『生徒たちは…どんな反応をするんですか?』

『ポカンとしてます』


でしょうね。





桜井先生はいい人だ。
礼儀正しいし、紳士的だし、顔だって悪くない。
昼休みに生徒たちとサッカーをする姿はまるで少年みたいだし、話だって面白い。
数学の話をするときは…よくわからないけれど。



『ビール、おかわりしますか?焼酎?』

桜井先生がドリンクメニューを差し出しながら聞く。

『うーん…、焼酎で』

『いいですね。俺も焼酎にしよっと』



――気分が晴れるなら、なんだってすればいいんです――


そうだよね。
私もそう思う。
少なくとも、部屋に一人でいるより、ずっといい。


『来週から三者面談かぁ』

桜井先生がうーん、とのびをしながら言った。

『大変ですね。三年生の担任もつと』

『まぁ、でも卒業を見届けるのは、やっぱり嬉しいですよ。毎年泣けます』

卒業か。
私もきっと、泣いてしまうだろう。
新任一年目の今年は、いろいろなことがあったから。




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