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おとうさんは、少し黙って、椅子に座り直すと、

『…先生は、いつも忙しくないふりをしているそうですね。以前、碧がそう言ってましたよ』

『渋谷くんが…ですか?』

『うちの保健室の先生が面白いんだ、って。本当は仕事がたくさんあって、いっぱいいっぱいのくせに、俺たちの前では暇そうにしてちゃんと話を聞いてくれるんだって。…ちょっと…抜けてる時もあるけど、いい先生なんだって』


抜けてる…。
そこでためらったのは、本当は渋谷くんがもっとひどい言い方をしたからだろう。

例えばバカ、だとか。


ていうか、本当は忙しいの、バレてたんじゃん…。


『…そうですか』


苦笑しながら、おとうさんを見ると、目を細めて私を見ていた。

こうして見ると、渋谷くんはおとうさん似だと思う。

おとうさん、渋谷くんと同じ目をしてる。

『あまり学校のことを話さないやつが、珍しくいろいろ話すんで、どんな先生なのかなぁ、と思っていたんです。碧のいう通り、平井先生はいい先生ですね』


優しい目で私にそういうおとうさんを見ていたら、涙がこぼれそうになった。

必死でこらえたけど、きっとおとうさんにはばれていただろう。

『…長々とすみません。先生もお忙しいのに』

おとうさんは胸ポケットから取り出したスマホをチラッと見て立ち上がった。

『これから午後診です。インフルエンザの予防接種が始まったんで、院内は地獄絵図ですよ』

私は思わず吹き出した。
地獄絵図とは、言い得て妙だわ。

きっと、おとうさんは泣き叫ぶこどもたちを穏やかになだめながら、素早く注射をしてしまうのだろう。
マジックみたいに、一瞬で。


『渋谷くんは…きっといいお医者様になりますね』

私は最後にそう言った。

『先生もそう思いますか?』

『はい』

笑いながら力強く頷くと、おとうさんはもう一度、目を細めて私を見て、お辞儀をすると忙しそうに出ていった。


少なくとも、仕事の上では認めてくれてた。
それが、嬉しかった。



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