even if
『しゃ…さ、くらいしぇ、せんせい、大丈夫、です、から』

昨夜、ほとんど寝ていないせいか…。
渋谷くんへの気持ちを誤魔化すために熱燗を何本も飲んだせいか。

足元がふらふらする…。

『はい、着きましたよ』

桜井先生にタクシーに乗せられ、ハイツの前まで送ってもらった私は最後の力を振り絞ってしっかり立っていた。


『ありがとう、ございました。しゅ、す、みません、でした』

『いえいえ。大丈夫ですよ』


本当にいい人だ。
雄太に…そっくりで。
雄太は元気だろうか。
大学ちゃんと行ってるかな…。

『…平井先生?』

桜井先生を見ながら、ボケッとしていたら、桜井先生が私をじっと見つめ返した。
それから、ぱっと目をそらして、足元を見る。


『…あ、あの…いつか平井先生がおっしゃってたことですが…』

…いつのことだろう。
頭がボーッとする。

『その…俺は…平井先生のこと、すぐにやれちゃう女だなんて、思いませんよ。…平井先生がもし、好きな人にそれを言われたんなら…そんなやつはやめたほうがいい』


桜井先生は顔をあげて私を見た。


『俺じゃ…だめですか』


な…
なにを言い出すかと思ったら。
この人はなにを言っているのだろう。
意味わかんない。


ぐるぐる、と目眩がして、私はギュッと目を閉じる。


『…あの…しゅ、すみません。あの…』

『…っ、すみません。俺つい…あの…忘れてください』


忘れろったって…。無理でしょ。
今かなりはっきり聞いちゃったよ…。

人間はそんな簡単に忘れたりできないんだ。


どんなに忘れようとしても、
私の心にはいつも渋谷くんがいる。




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