even if
脱ぎ捨てられていたスーツにもう一度袖を通し、碧くんと指をからませて歩いた。

空にはまぁるいお月さま。


碧くんと、私のうちまで、夜のお散歩。

ついこの間まで、鼻を赤くして冷たい風に吹かれていたのに、いつの間にか、柔らかく穏やかな風に変わっている。
春がもうそこまで来ている。



『九州の大学にしたのはさ…』

ゆっくり歩きながら、碧くんは言う。

『わざとなんだ』

碧くんの言葉に、思わず顔を見上げた。

『ななちゃんの近くにいたら、俺6年で卒業出来ないと思ってさ』

『…どうして?』

碧くんは立ち止まると、私をギュッと抱き締めた。


『こうやって、ななちゃんに触れるのを、我慢する自信がない。大学も絶対サボる』


私の髪に顔をうずめて、耳にキスをすると、碧くんは少し笑う。

『俺、ななちゃん中毒だからさ』



『…くすぐったい』

碧くんは、体を離すと、私の目をじっと見る。


『これから先、たくさんの人に出会うだろうね、俺もななちゃんも』


碧くんのねこみたいな瞳に吸い込まれそうになる。


『…でも、俺は、ななちゃんほど、好きになれる人には出会えない』




碧くんが、私をぎゅうっと痛いくらい抱き締めた。


『必ず、迎えにいくから。待ってて。あの保健室で』



碧くんの胸の中で小さく頷く。



『30までしか待たないからね』


そうやって、わざと茶化した。
今にもこぼれそうな涙をごまかすために。


『絶対、6年で卒業する』


そう言って、碧くんはもう一度私にキスをくれた。
長い長いキスを。




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