even if
『成績に響いてるわけではないです。あんな髪色してるわりに、意外と真面目なやつです。成績も落ちてません。ただ…』

桜井先生はビールを一口飲んで続けた。

『あいつ、こないだの進路説明会の時、進学しない、と言い出したんですよ』

えっ、と思わず声が出た。

『確か、医大希望でしたよね…』

『うーん、どうもね。それは父親の希望だったみたいで。あいつの親父さん、小児科の先生なんですよ。ご存知ですか?渋谷こどもクリニック』

駅前にあるという、そのクリニックを私は知らなかった。

『この辺では有名な先生でね。深夜でも診てくれるって。親父さんは息子に継がせたいみたいなんですが、本人がね、就職したいと言い出しまして』

『就職って…どこにですか?』

『それがね、どこでもいい、とか言うんですよ。やりたい仕事がある、というわけでもなさそうなんだよなぁ…』

桜井先生はポリポリと頭をかいている。
『もし、やりたいことがあるなら、俺も応援してやりたいんですが、ないのに進学しない、って言うのもどうかな、と』

『ご両親はご存知なんですか?』

『渋谷の母親は亡くなってるんですよ。お父さんにはまだ何も話してません。まず、本人と話してからと思ったんですが、あいつ何も話さないんですよ…』

桜井先生は、枝豆の殻をポイとお皿に投げて、ため息をついた。

『渋谷、平井先生を信頼してるみたいなんで…もし聞けそうなら、一度聞いてみてくれませんか?なんで急に進学しないなんて言い出したのか』

『…私を信頼ですか?』

ただ、からかわれてるだけだと思うけど。

『あいつね、あんまりしゃべったり笑ったりしないんですよ。友だちとか俺とかの前で』

うそ。それは意外。
よくしゃべるし、(にやにやだけど)よく笑う子だと思ってた。



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