even if
保健室の前に、待っている生徒がいなくてひとまずホッとする。

鍵を開けて、中に入ると、水道の鏡を見てため息をついた。

ほんと、ひどい寝癖。

肩までの髪はいつも内巻にしてるのに、今日はあっちこっちにはねてるし、前髪もぴょん、となっている。

水道を出して、鏡の前で髪を濡らしていると、ノックの音もなくドアが開いた。

『ななちゃん、おはよ』

聞き覚えのある声に、振り向いて答える。

『おはよう、というか、ノックしなさい』

『うわ、ななちゃん、その頭どした?』

渋谷くんはスタスタと歩いてくると、私の後ろに立って、鏡越しに私を見つめる。

『寝癖…ひどいでしょ?』

濡らして元に戻った前髪は、乾くとまたぴょん、と立ち上がる。

『うん』

渋谷くんは、くすくすと笑うと、私の髪を手櫛ですいた。

それがあまりにも自然で、まるで小さい子にするみたいな手つきだったので、抵抗することも忘れ、一瞬ぼんやりしてしまった。

渋谷くんは、そのまま首もとにすっと手を差し込み、髪をひとまとめにする。
首すじに、渋谷くんの長いひんやりとした指が触れて、ビクッとする。

『結ぶ?似合うよ』

耳元で囁かれ、

『うひゃあ』

小さな悲鳴がこぼれた。

『っ!やめなさいっ』

渋谷くんから、パッと離れた時、コンコンとノックの音がして、桜井先生が顔を出した。

『平井先生、昨日はありが…』

言いかけて、渋谷くんがいることに気が付くと、
『おお、渋谷。お前、もうすぐ一限目始まるぞ。教室もどれよ』
と言うと、私に向かって、
『平井先生、すみません。またあとで来ます』
と言ってドアを閉めた。



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