even if
『…なに。昨日って』
『…えっ?』
さっきまで、くすくすと笑っていた渋谷くんが、急に怒ったような声を出したので、驚いて渋谷くんを見上げると、
『昨日、桜井となんかあったの?』
『…え?』
なんか、とは?
一緒に飲みに行ったけど、それのことだろうか。
教師同士が飲みに行ったことは、やっぱり生徒には知られないほうがいいかな。
まぁ、飲んだだけなんだけど、変な噂を流されても嫌だしな。
しかも、話した内容は渋谷くん本人の話だし。
『ないよ。なんにも』
『じゃあ、昨日ありがとう、ってなに?』
『…あー、桜井先生が指を怪我して、消毒してあげたから、そのことじゃないかな?』
『ほんとに?』
私の目線までかがみこんで、確かめるように、目をのぞきこむ。
渋谷くんはやっぱり怒ってるように見えた。
『渋谷くん、どうして怒ってるの?』
『怒ってないし』
そう言いながら、体を起こすと、すねたように横を向いた。
『怒ってるじゃない』
『うるさいな』
『えぇ!?逆ぎれ?』
ぷい、と横を向いた渋谷くんの顔をのぞきこむと、ぷい、と反対側を向く。
そちらをのぞきこむと、またぷい、と反対側を向いた。
こどもみたい。
いつもは大人びた渋谷くんが、そんなこどもじみたことをするのが、なんだかかわいくて、思わずふっと笑ってしまった。
『なんだよ』
『え?なんでもないよ』
『笑っただろ』
『笑ってないよ…』
そう言いながらも、口角が上がってしまい、それを我慢した結果、唇がふるふると震えてしまう。
『変な顔』
渋谷くんが私から目をそらして笑いながら小さな声で言った。
『髪もボサボサだし』
渋谷くんは私を
真っ直ぐ見て言った。
『なのに、なんでかな』
―ナノニ、ナンデカナ―
頭の中で復唱する。
言葉の意味がわからない。
その時、一限目が始まるチャイムがなって、渋谷くんは急ぐ様子もなく、ふらりと保健室を出ていった。
『また来る。ななちゃんに会いに』
そんな言葉を残して。