even if

『…なに。昨日って』

『…えっ?』

さっきまで、くすくすと笑っていた渋谷くんが、急に怒ったような声を出したので、驚いて渋谷くんを見上げると、

『昨日、桜井となんかあったの?』

『…え?』

なんか、とは?
一緒に飲みに行ったけど、それのことだろうか。
教師同士が飲みに行ったことは、やっぱり生徒には知られないほうがいいかな。
まぁ、飲んだだけなんだけど、変な噂を流されても嫌だしな。
しかも、話した内容は渋谷くん本人の話だし。

『ないよ。なんにも』

『じゃあ、昨日ありがとう、ってなに?』

『…あー、桜井先生が指を怪我して、消毒してあげたから、そのことじゃないかな?』

『ほんとに?』

私の目線までかがみこんで、確かめるように、目をのぞきこむ。
渋谷くんはやっぱり怒ってるように見えた。

『渋谷くん、どうして怒ってるの?』

『怒ってないし』

そう言いながら、体を起こすと、すねたように横を向いた。

『怒ってるじゃない』

『うるさいな』

『えぇ!?逆ぎれ?』

ぷい、と横を向いた渋谷くんの顔をのぞきこむと、ぷい、と反対側を向く。

そちらをのぞきこむと、またぷい、と反対側を向いた。

こどもみたい。

いつもは大人びた渋谷くんが、そんなこどもじみたことをするのが、なんだかかわいくて、思わずふっと笑ってしまった。

『なんだよ』

『え?なんでもないよ』

『笑っただろ』

『笑ってないよ…』

そう言いながらも、口角が上がってしまい、それを我慢した結果、唇がふるふると震えてしまう。

『変な顔』

渋谷くんが私から目をそらして笑いながら小さな声で言った。

『髪もボサボサだし』

渋谷くんは私を
真っ直ぐ見て言った。

『なのに、なんでかな』

―ナノニ、ナンデカナ―

頭の中で復唱する。
言葉の意味がわからない。

その時、一限目が始まるチャイムがなって、渋谷くんは急ぐ様子もなく、ふらりと保健室を出ていった。

『また来る。ななちゃんに会いに』

そんな言葉を残して。
< 32 / 200 >

この作品をシェア

pagetop