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綾部さんに借りたジャージ姿でパソコンに向かっていると、カーテンが開いて笹井さんが顔を出した。

資料を引き出しに押し込んで、

『具合はどう?』

『うん、だいぶよくなった』

笹井さんはスカートのしわを気にしながら、デスクの前の丸椅子に座ると、

『ジャージ、似合うね』

くすくすと笑う。

『ななちゃん先生、生徒みたい』

『えぇ?それは喜んでいいのかなぁ』

『誉めたつもりなんだけどな』

『そっか…ありがと』

顔を見合わせてくすくすと笑いあう。

笹井さんは、ふと真顔になると、床を見つめて黙りこんだ。

私は何も言わず、笹井さんが話し出すのを待つ。

『…ななちゃん先生は、今好きなひと、いる?』

小さな声。

『…いないよ。今は』

『そっか』

『笹井さんは…いるの?』

笹井さんは黙って頷く。

『…でも、向こうはすっごく年上だから…たぶん無理』

『…そっか』

『塾の先生なの。10歳も年上。私なんて、全然相手にされてない。おまけに彼女までいるし…』

笹井さんはうつむいた。

『真奈美が大ファンの渋谷先輩みたいにかっこよくもないし、背も高くないの。それなのに、なんで好きになっちゃったのかなぁ、私…』

小さく笑う、笹井さんの背中にそっと手を当てた。

笹井さんの気持ちをが、ほんの少しでも、明るくなりますように。




私も大学生のころ、講師の先生に恋をしたことがある。

きっと、若い時に、誰しも一度は年上の人を好きになる。

必ず一度はかかるけど、治ればケロッとしている。
そして、二度はかからない。
はしかのようなもの…。

今となっては、それが分かる。

それでも、私は笹井さんに何も言わなかった。


『ななちゃん先生に聞いてもらえてよかった。ずっと、誰かに聞いてほしかったの』

笹井さんはにこりと笑って言った。

青白かった頬が、ほのかにピンクになっている。

『また聞いてもらっていい?』

『もちろん。いつでもどうぞ』

『じゃ、そろそろ教室に戻ります』

笹井さんが手を振って出ていくと、保健室に再び静寂が戻った。
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