even if
『そりゃあ、まぁ一応は』

『一応かよ』

くすくす笑いながら、渋谷くんは私の手首から手を離したかと思ったら、そのまま手をずらし、今度は手を握ってきた。

私は手を離して、と言わなかった。

言わない自分に戸惑った。

これは心を開いてもらうために必要な行為だから、と自分を納得させる。
ただ、それだけだから、と。




『ねぇ、聞いてもいい?』

手を繋いだまま、近くの丸いすを引き寄せて腰かける。

『なに?』

『渋谷くん、医大行くの?』

ストレートに聞いてみた。

『行かない』

『なんで?』

『就職しようかなって』

『お医者さんになるのが嫌なの?』

もしかしたら、父親に反発しているのかもしれない、と私は思っていた。

『別に…そういうんじゃないけど』

『けど?』

『早く社会人になりたいんだよ』

『どうして?』

渋谷くんは、すねたように天井を睨んで黙り混む。

『医大なんか行って、あと6年も学生すんの、嫌なんだよ』

『勉強はもう嫌だってこと?』

『ちがう。ななちゃん、全然わかってない』

『わかんないよ。学生が嫌ってこと?社会人ならなんでもいいの?そんなのおかしいよ。渋谷くん、何がしたいの?渋谷くんの夢ってなに?』

『…医者』

『じゃあ、医大行きなさいよ。あと6年、学生だって仕方ないじゃん』

『…あー、もうわかってる!!』

そう言うと、渋谷くんはパッと私の手を離して、頭から布団をかぶってしまった。

『なにそれ!こどもみたい!!』

思わず叫ぶと、

『うるさい!!』

布団の中から渋谷くんが言い返してきた。

『うるさいとはなんだ!!』

布団をはいでやろうと引っ張ったけど、中からしっかり掴んでるようで、なかなか出てこない。

『ななちゃん、あっちいけ』

モゴモゴとそんなことを言うので、

『勝手にしなさい』

言い返して、背中の辺りにパンチをお見舞いした。

『いってぇ』

無視して、カーテンをシャッと乱暴に閉めた。

プールの水質検査に出掛けて戻ってきたら、渋谷くんはいなかった。

布団がわざとらしく、グシャグシャのままだ。

『ほんと、こどもなんだから』

布団を直しながら呟く。

桜井先生になんて報告しよう…。
思わずため息が出た。
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