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仕事帰り、職員玄関で桜井先生にばったり会った。

『平井先生、今帰りですか?』

サッカー部の顧問だからか、日焼けした鼻と頬が赤い。

『はい。桜井先生もですか?』

靴を取り出しながら言うと、桜井先生ははいと頷いて、

『焼き鳥、どうですか?…あの、もしよかったら、ですが』

遠慮がちに言ってきた。

渋谷くんのことを報告しなければ、と思っていたし、ちょうどいい。

『焼き鳥、いいですね』

私たちは並んで歩き出した。



今日はこないだよりも空いていたけど、私たちはあえてカウンターに座った。

『とりあえず生?』
腰掛けながら、そう聞く桜井先生に、

『もちろんです』

と答えると、桜井先生はおかしそうに笑った。

付きだしの厚揚げと大根の煮物は美味しかった。

それをアテにビールをごくごく飲みながら、私は昨日の渋谷くんの様子を話す。

手を握りながら話した、というのはもちろん省略して。


『じゃあ、医者にはなりたい、と?』

『そうみたいです』

『そう…ですか。どうして学生は嫌なのかな…』

『…それは、教えてくれませんでした』

こどもみたいに頭から布団をかぶってしまいましたから…。

『学生が嫌か…でも、勉強が嫌なわけではない…』

桜井先生がズリの串を手にしたまま、呟く。

『学生には出来なくて、社会人に出来ることって、何かあります?』

桜井先生は怪訝な顔をして、そんな質問をしてきた。

『お酒もタバコも二十歳から、ですしね。あ、一人暮らし、とか?』

そう言いながら、それは学生でも出来るか…と思い直す。
私だって、大学から一人暮らししてたし。

『うーん、わかりませんね。でも、医者にはなりたいんだな。それだけでも分かってよかった。また何かわかったら、教えてもらえませんか?』

『はい、わかりました』


そう言いながら、今日の様子じゃ、しばらく保健室には来ないかもしれないな、と思った。

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