even if
渋谷くんが私を見た。

何か言ってくれたらいいのに、と思った。

『帰らないでよ』
とか
『看病してくれないの?』
とか。


そうしたら、
『もう、仕方ないなぁ』
と言えるのに。


私たちは、しばらく見つめ合った。
さっきまでやんでいた雨が、いつの間にかまた降り始めている。
雨が冷たい空気を運んできて、私はカーディガンの前をギュッと重ね合わせた。


『傘、持ってる?』

渋谷くんが雨に気付いて言った。

『持ってる。折り畳み傘』

『よかった』

渋谷くんが、ホッとしたように少し笑った。

その瞬間、思わず言っていた。

『心配だから、ちょっとだけ一緒にいてあげる』

言ってから、しまった…と思った。

案の定、渋谷くんはくすくすと笑って、

『すげぇ上から目線』

と言った。

『…でも、ありがとう』

『わ、私これでも養護教諭だから、明らかに具合悪そうなのに、放って帰るわけにいかないでしょ?美術とか物理の教諭だったら、放って帰れるんだけどね』

早口で言うと、渋谷くんは、はいはいと笑いながらオートロックを解錠して、マンションの中に入っていく。
慌てて着いて行きながら、理由としておかしくなかったか考えてみたけど、答えは出なかった。

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