even if
保健室に戻ると、渋谷くんはもう寝ていた。

『おかえりー』

くぐもった声で、のんびりとそんなことを言う。

しばらく黙ってシーツを畳んだ。
バサバサと乾いた音が、静かな保健室にやけに響いた。



ため息を飲み込んで、私は口を開いた。

『…もっと、普通の恋愛すれば?』

『…え?』

ベッドから、渋谷くんが起き上がる音がした。

『…こんなことしてないでさ』

保健室の先生と…、なんていう、背徳感に溺れてなんかいないでさ。

『意味わかんないんだけど』

渋谷くんはあからさまにイライラした声を出した。


『外で会うのも、理由がいるんだよ。そういうの、普通の恋愛とは言わない。渋谷くんは高校生なんだから、高校生と恋愛すればいいでしょう?』


二人でいることに理由のいらない恋愛
大きな声で「大好き」だと言える恋愛
そんな普通の恋愛を…

そもそも、私たちがしてるのは恋愛なんかじゃない。
だって、私は一言も渋谷くんを好きだなんて言ってないもの。


『俺が好きなのは、ななちゃんなんだよ』

低い声が、すぐ後ろから聞こえた。
いつの間にか、渋谷くんがすぐ後ろに立っていた。

『俺はいっつも、ななちゃんの気持ちだけ考えてる。どうしたら、ななちゃんが俺を好きになってくれるか、そればっかり考えてる』

渋谷くんは怒っていた。
怒りのオーラを全身に纏わせて、ピンと糸を張ったようだった。
なのに、怖いとは思わなかった。
渋谷くんの目が悲しそうだったから。

『俺の気持ち、分かってるくせに、なんでそんなこと言うんだよ。迷惑ならそう言えばいいだろ!嫌なら嫌だって言えばいいだろ!』


早口で、でも静かな声で一気に言うと、渋谷くんは大股で部屋から姿を消した。

『そう…だよね』

下唇を噛んで、目を閉じた。


『…でも、迷惑でも嫌でもないんだもん』

ポツリと言い返した。


だけど。
"好き"なんて言葉も言えないよ。
これからも、ずっと言わない。

私たちの関係に未来なんてないんだよ。


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