even if
いた。

アパートの外付け階段を降りたところに。

[チラシお断り]のステッカーが貼られた集合ポスト、
その横に咲いてる紫陽花の隣に。



階段の手すりにもたれて渋谷くんは空を見ていた。


そのきれいな横顔を見つめながら、一段一段、ゆっくり階段をおりた。

じゃり

足元の石が、音を立てた。


『あ、ななちゃん、偶然だな』

私に顔を向けて、渋谷くんは笑った。

『ばかみたい』

『ばかみたいだけど、本当に偶然だな』

それに。
渋谷くんは言う。

『めちゃくちゃ部屋着だな。ななちゃん』

『そうだね』

だって、こんなところで会うなんて思ってなかったんだもん。


『そのTシャツ、かわいいね。似合ってる』

渋谷くんがくすくすと笑う。


私服の渋谷くんは学校で見るよりずっと大人っぽかった。

グレイトフルデッドベアのラグランTシャツを着てる私は、端から見れば、きっと年下に見えるだろう。
おまけに、下はスウェット生地のショートパンツにビーサンだもの。


『…お、怒ってないの?』

蚊のなくような、いや、蚊の方がおおきいかもしれない、そんな声で、私は聞いた。

『…怒ってるよ』

突然出された低い声に、やっぱりな、と顔を伏せたら、自分の足指が見えた。
ペティキュアの塗られていないヌードの爪。


『違うな。怒ってた』

じゃり

視界に、ハイカットのスニーカーがうつった。


『でも…来てくれたから』


え?と顔をあげると、渋谷くんが私を見つめていた。


『だから、今は怒ってない』





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