アマリリス
第14話
数日もしないうちに澪は違う病院へと転院し、美玲と大輝が偶然会うという事態も完全に回避されることになる。これがどっちの計らいかは分からないが、もう会うつもりがない以上美玲にとってどうでも良いことと言える。
大輝と別れたことを告げると、由美香は大変残念がったが恋愛とはそういうものだと大人な意見で丸め込んだ。そんな残念なニュースとは反対に、由美香の病態は完治に近くなり、来月には退院できると医師から報告を受けた。大輝との件は心が半分になり半身が無くなった思いさえするが、娘さえ元気ならばそれが一番だと気持ちを切り替えた――――
――退院前日、大輝との別れにより内心ボロボロの気持ちながら病室に向かうと由美香の姿がない。また交流ルームかと思い向かうがそこにもいない。訝しがり近くにいたナースに訊くと、綺麗な女性と一緒に中庭方面に歩いて行ったと言われる。綺麗な女性と聞き頭に浮かぶ人物は一人しかおらず、美玲は急いで中庭へ向かう。
四階から中庭まではかなりの距離があり、焦りながら階段を駆け降りる。綺麗な花が咲き誇る中庭に着くと、木陰のベンチで由美香が一人座っている。その様子がおかしいと一目で見抜いた美玲は直ぐに駆け寄る。
「由美香! 大丈夫?」
両肩を掴み顔を見ると、由美香は涙目でありながら真剣な目つきで美玲を見つめる。その視線を見た瞬間、澪が全てを話したのだと推察した。
「由美香?」
「大輝さん、澪お姉ちゃんの旦那さんだったんだね」
「…………、そうよ」
「最低……」
由美香はそう言うと黙ってベンチを立ち自ら病室へと戻る。侮蔑するかのような視線と言葉で美玲の心はズキリと痛んでいた。
退院してからの由美香は美玲と距離を置くようになり、寂しい気持ちが溢れる。その原因が自分の愚かさにあると理解しているだけに申し開きもできない。大輝とも縁が切れ、心の拠り所で存在意義でもあった娘からも疎まれると、自分の価値が分からなくなる。呆然としながらスーパーの休憩室に椅子に座っていると佳代が声を掛ける。
「お疲れ、どうしたの? 神宮さん元気ないじゃない」
「お疲れさま。うん、ちょっといろいろあってね」
「話してみる? スッキリするかもよ?」
一瞬戸惑うが二人きりということもあり、誰にも話せずモヤモヤしていただけにこれまでにあったことを話す。神妙に聞いていた佳代だが、聞き終えると溜め息をつく。
「思ったより複雑な問題ね。男を取ると娘さんが傷つく、娘さんを選んで男と別れたけど、真実を知った娘さんから軽蔑されてる。踏んだり蹴ったりね」
「自分が悪いから文句も言えないんだけどね」
「そうね。でも、聞いた限り不倫ってわけでもないし。ちょっと見切りが早過ぎる気もするわね」
「どういうこと?」
「だって、彼はちゃんと手順を踏んで神宮さんと向き合ってるみたいだし、奥さんの自殺未遂の件も神宮さんと関係ないって言ったのなら、本当にそうかもしれない。ニュースで見たけど、自殺の一番の原因って病気を苦にしたものがトップだからね。神宮さんの思いこみってことも有り得るかなって」
(確かに大輝君は二人の問題で私は関係ないと言った。けど、あの現状で関係がバレてすぐの自殺未遂。どう考えても私が原因としか……)
考え込む姿に佳代はさらに提案する。
「娘さんのことも、彼の件が上手く解消すれば丸く収まると思うの。全てがちょっとした行き違いから生まれているなら、真実が判明したとき解決すると思うし。一度その辺のことを彼と話し合ってみるのも手だと思うわ」
「うん、確かに。あのときは私が感情的になりすぎた面もある。一度ちゃんと向かい合ってみるわ、冷静にね」
「うんうん、その方がいい」
「話したらスッキリしたわ。どうもありがとう」
「いえいえ、それはそうと……」
ニヤリとしながら佳代は小声で語る。
「今度本社から派遣された社員だけど、もう見た?」
「いえ、もしかしてその表情からしてイケメンとか?」
「ビンゴ! 俳優かと思うくらいカッコいいのよ、これがまた。三十後半くらいで油も乗ってて大人な雰囲気も抜群! 神宮さん、取らないでね?」
「いやいや、私にはホラ、向かい合うべき相手いるから」
「ならいいんだけど、今回はそうとうライバル多くなりそうだから、今から気合入ってるのよ!」
「あはは、アラフォーの星として期待しとくわ」
袖捲くりするひょうきんな佳代の姿を見て、美玲の心は少し軽くなっていた。終業後、同スーパー内で買い物を済ませ駐車場に出ると、従業員と思われる男性が客と話しながら困った様子でいる。さっと駆け寄り事情を聞くと、近くにポストがないかを問われており、その場所を紙に書き丁寧に教えると客は去っていく。
「助かりました。こっちに来たばかりで右も左も分からなくて……」
そう言った男性と目が合うと、大輝と初めて会ったときのような感覚に捉われる。
(えっ、この人もどこかで会った?)
相手も同じ空気を感じたようで、目を見開く。
「まさか、貴女は……」
「えっ?」
「いえ、すみません。なんでも。とにかくさっきは助かりました」
きっちり頭をさげる男性に美玲は恐縮する。
「いえ、そんな大袈裟な。同じ職場で働く者同士ですし」
「えっ、同じ職場なんですか?」
「はい、もう上がるところなんですけどね。申し遅れました。私、神宮美玲と申します」
「こちらこそ申し遅れました。七瀬玲央(ななせれお)と申します」