アマリリス
第18話
玲央は枯れそうになっていたアマリリスに水を注いだ少女の話から切り出し、そこからタスという少年と出会い長い旅に出たと語る。その冒険譚は可笑しく、ときにハラハラさせ、レオの最期に美玲は涙した。
「レオもタスも、本当に心通わせた親友だったんですね。レオが可哀想……」
「そうですね。でも彼はそうでもしないとタスが逃げてくれないとも思った。だから死んだフリをした」
「えっ!? レオは生きていたんですか?」
「ええ、レオはアマリリス。人間と違って球根さえ生きていればずっと生きていられる。アマリリスが何度も咲くのはご存知でしょう?」
「はい、球根に咲く力が溜まると何度でも咲きますよね」
「そうです、レオはその場所から動けないものの、そこで花として生きていたのです。そして、数年の後、近くに植えられた仲間からタスとエマが出会い、幸せの音を奏でていると聞いた。レオは嬉しくもあり、一方彼らの側に居たいとも思いました。願わくば彼らと同じ人間として……」
そういうと玲央は優しい笑みを浮かべ目を閉じた。その様子と雰囲気、玲央の名前が美玲の脳内を瞬時に駆け巡る。そして、確信とも言える一つの考えが思い浮かぶ。
「貴方がレオで、私がエマですね?」
「はい、いつぞやは私を救って頂きありがとうございました。前世とは言えど、貴女と面と向かいちゃんと礼を申したかった。これは数百年に渡る私の悲願でもありました。本当にありがとう」
丁寧に頭を下げ感謝の念を表す玲央を見ると同時に、美玲の瞳からは涙が溢れる。
「全然記憶にないのに、涙が出ちゃう。これって私の中のエマが嬉しくて泣いてるんですね」
「そうかもしれませんね。私も同じように感動し嬉しく思っています」
「不思議な話です。突拍子もないし、根拠も証拠もない話だけれど、心で理解しそれが真実だと分かる。これはきっと運命だからですね」
「そうだと思います。私だって今話した記憶が本当かどうか定かではありませんし。ただ、心で感じるんです。これが真実で過去から続く運命なのだと」
しっかりとした口調で語る玲央に同意するかのように美玲も何度も頷く。
「おそらく気付いてらっしゃるとは思いますが、神宮さんの彼はきっと……」
「はい、分かっています。彼に抱いていたデジャブの理由が分かりました」
「良かったです。私も彼に会ってみたい。彼に記憶が無いとしても、神宮さんのように何かを感じてくれるかもしれませんし」
「そうですね。元々貴方たちは親友同士ですし、仲良くなれますよ。彼もきっとそれを望むでしょうから」
笑顔を見せる美玲と同じように玲央も微笑んで見せる。玲央からもたらされた過去と現在の結びつきは、美玲の心を納得させ大輝との縁が偶然ではないと知るに至っていた――――
――翌日、学校が休みということもあり由美香はリビングで寛いでいる。玲央との運命的な話し合いで伸びてしまっていたが、大輝との運命を確信したからには二人の未来のためにも由美香と向き合わなければならない。コーヒーの入ったマグカップをテーブルに二つ置き、正座して由美香に向かう。由美香もその真剣で緊張感溢れる態度にしっかりとした表情で見つめる。
「由美香に大切な話があるの。聞いてくれるかしら?」
「うん、もちろん」
「澪さんのことなんだけど、彼女が亡くなったのは知ってる?」
澪の死を聞いて由美香はショックを受け、黙ったまま俯き涙を流す。
「信じられないことかもしれないけど、澪さんは私や大輝さんのことを大事にしてくれていた。あの自殺未遂事件も私と大輝さんの関係を悲観したからじゃないの。大輝さんからの又聞きだから澪さん自身の本心かどうかは分からないけど、私達のことを思っての行為だった。勿論、私自身既婚者の大輝さんを好きになったことが正しいなんて思ってないし、正当化するつもりない。だから別れたし、距離を取った。でも、澪さんの残した最期の想いを知って、分からなくなった。悪いと思う反面、心の底では大輝さんを求める自分がいて、その葛藤は澪さんが亡くなったと聞いてからより深くなった。私はどうすべきか、亡くなった途端に大輝さんを求めるなんてあさましいのでは?って」
想いを赤裸々に吐露し、その言葉に由美香はじっと耳を傾ける。
「でも、ある人に大輝さんとの出会いが運命であり、掛け替えのないものだと言われ気付かされたの。どれだけ否定しようと、回り道をしようと、どう足掻いても大輝さんへの想いは隠せないし偽れない。私には彼が必要なのだって。だから、由美香からしたら受け入れられないことかもしれないけど、私は大輝さんと一緒に幸せになりたいと思ってる」
美玲の告白にずっと黙っていた由美香だが、涙を拭くとおもむろに口を開く。
「知ってたよ。お母さんの想いも、澪お姉ちゃんの想いも……」
そう言うと、由美香は退院の日の事を語り始めた――――
――退院を前日に控え、由美香はご機嫌でベッドに座る。不安な面もあるが、やっと学校に行けるのだと思うと嬉しさの方が勝る。楽しい学校生活を空想しながら窓の外を眺めていると背後から呼び止めらて振り向く。そこには澪が立っており由美香は驚く。
「澪お姉ちゃん!? なんでここに?」
「お久しぶりね。元気そうね?」
「うん、明日退院なの」
「そうなんだ、じゃあ今日会えたのは運命ね」
最後に会ったときと雰囲気が異なり、その明るい様子に由美香は訝しがる。澪は外で話がしたいと誘い、その笑顔に断ることもできず中庭まで着いていく。緑溢れる中庭のベンチに座ると、澪は穏やかな表情で話を切り出す。
「今日はね、由美ちゃんに凄く大事な話があってきたんだ」
「大事な話? 何?」
「うん、前に話した大輝さんの事なんだけど、実は彼、私の夫なの」
衝撃的な台詞に由美香は口を押さえ言葉を失う。
「だから、由美ちゃんのお母さんと仲良くなってるって知ってビックリしたわ」
「お母さんが、そんな……、だから澪お姉ちゃんは自殺を、最低だ……」
ショックを受ける由美香を見て澪は笑う。
「由美ちゃん勘違いしてるみたいね。私、お母さんのこと全く責めてないからね?」
「えっ、なんで? 大輝さんをお母さんに取られたんだよ?」
「取られるもなにも、とっくに私達の関係は終わってたのよ。全部私が悪いの」
そう言うと、澪は自分が不倫し離婚裁判までしていたことを語る。そして、自分の余命がもう無いことも。
「彼は優しいから、私が逝くまで側に居ると言ってくれた。本当は憎み別れたくて堪らない女である私のためによ。その優しさが嬉しい反面、辛くもあった。罪を犯した私に情けをかけるなら、いっそのこと責め立てて切り捨ててくれた方がスッキリするもの。でも、彼はそうしなかった。だから、私も残りの命は強がらず甘えようと考えたの」
由美香は澪の言葉を黙って聞く。
「そこに現われたのが由美ちゃんのお母さん、美玲さんだった。彼との関係を知ったときは正直ショックだったわ。でも、私はそれを咎められるような立場にいない。過去にもっと酷いことを彼にしてきたんだもの。だから、知って落ち着いてからは二人を素直に祝福する気持ちにもなれた。そして、早くこの世から私が居なくなれば、彼は晴れて美玲さんと一緒になれるって」
「もしかして、自殺未遂って……」
「ええ、彼と美玲さん……、と言うよりは彼への恩返しにつもりで選択したことなの。迫り来る病魔との戦いから逃げたかったっていうのもあったけど」
澪は終始穏やかな顔を崩さない。
「結局それは失敗に終わって、彼から酷く怒られたけどね。「逃げるな!」って。酷いでしょ? ちゃんと病気と闘って苦しんで死ねって言ってるようなもんだし。でも、ちょっと嬉しかったのは内緒よ」
「お姉ちゃん……」
由美香の瞳からはいつの間にか涙が溢れている。
「つまり、私は彼も美玲さんも恨んでない。むしろ応援してるくらい。今日由美ちゃんに会いにきたのは、この話ともう一つ、もし先の未来二人が結婚とかになったとき応援して欲しいの」
「結婚……」
「私のことを気にして踏み出せないようなことがあっては申し訳ないし、これが私に出来る最後の恩返しだと思ってるから。だから、由美ちゃんも私からの最後の頼みだと思って聞いてほしい。約束してくれる?」
「分かった。約束する。でも、お姉ちゃんは本当にそれでいいの? 寂しくないの?」
「寂しくないよ。もう十分、彼の愛をたくさん貰ったから。罪を犯した私には勿体無いくらいに。後は彼に幸せになって貰いたいだけ。私なんかがそれを望むのはお門違いかもしれないけど」
澪が語った内容は由美香にとって衝撃が大きく、それでいて穏やかで覚悟を秘めたその横顔は切なく、もう二度と会えないのだと思うと涙が止めどもなく溢れていた。