アマリリス
第6話
(side story 3)


 才能を開花させたタスの人生は、以降とんとん拍子に進む。衣類を新調すると街の通り以外からの歌唱依頼が増え、バイオリンを入手するとあっという間に技術を習得した。バイオリニストとしての存在が大きくなると貴族の社交場にも顔を出すようになり、完全なる地位を確立したと思える。
 その地位を得る代わりに自由はどんどん奪われ、向こう半年まで演奏依頼でスケジュールが埋まっていた。ある晩、疲れ果て自宅のベッドに倒れたタスは窓辺のレオに問う。
「レオ、僕疲れちゃったよ。毎日毎日お偉いさんに気を遣って演奏して、それって全然楽しくないんだ」
「それが働き稼ぐということだろう。人間の性だ」
「人間じゃないのに人間くさいな、レオは」
「伊達に長生きしてないからな。まあ、君がそこまで嫌だというのなら弓を置くのもよかろう」
 レオは子供を諭すかのように語る。
「いや、演奏は好きなんだよ。ただ、気持ちが乗らないというか、引いてて何か違うって感じてる」
「その辺の機微までは私にも分からんよ。私は君がしたいようにすれば良いと思い、それを見守るだけだからな」
「結局自分で考えろって? はあ、レオって結構放任主義だよね。たまにはビシっと言ってよ、ビシっと」
「私は君の親でも教師でもないんだがな。うむ、仮にだ、私がこうしろああしろと言って君はその通りの人生を歩み、それで満足するのか?」
「ええ? ああ、そうだね。分からない」
「良い結末、悪い結末、どうなろうと、自分の行いに責任を持つのが人間ではないのか? 自分で選択するからこそ、そこから得たものに価値がある。と、私は思うが」
 レオからの説教を聞きタスはベッドから身を起こす。
「自分で選択……、そうか、今はお金の為に引いてて、自分が引きたいと思ってないときに引いてるから、こんなモヤモヤした気持ちになるんだ。つまり、自分の引きたいときだけ引けばいい!」
「その理屈は良いとして、稼ぎはどうするのだ? 食糧や宿はどうする?」
 現実的な問題を突きつけられタスは唸る。
「それはあれだよ……、何とかなるさ」
「恐ろしく無計画かつ楽観論だな。まあ、君らしいが」
「うるさいな~、もう決めたんだ。僕は僕のために引く! 明日からは新生タスの誕生だ!」
「まあ私は見守り応援するさ。で、何かこれからの具体的な行動指針はあるのか?」
 指針を問われるとタスはその場で腕組みをし首を捻る。もしレオが人間ならば溜め息ものだ。
「君は本当に楽観者なのだな。ある意味我々植物や野生動物に近いよ」
「それ、褒めてる?」
「取りようによってはな」
 上手くいなすレオに不満げな眼差しを向けると、思いついたようにパッと表情が明るくなる。
「そうだ! 少女探しをしよう!」
「私の恩人探しか?」
「そう! 忙しくてずっとできなかったし」
「そうか、それも良かろう。何か目的があった方が新生タスにも良いだろうし」
「レオは嬉しくないの?」
「嬉しいさ。見つかればな」
「だろ? それで、その少女って可愛い?」
「人間の美的感覚は分からぬよ。そもそも美意識というものが人間とは全く違うからな」
「そっか、可愛いければいいんだけどな~」
 笑顔で空想しているタスを見て、レオは冷静にツッコミを入れる。
「君は本当にわかりやすいな」――――


――数年後、レオの抽象的な情報だけを頼りにタスはある田舎街までやってくる。ブロンドで透き通るようなブルーの瞳、タスと同い年くらいというだけでは捜索が困難なことは明白だった。タスもそれを自覚し、気ままな旅と位置づけ楽しみながら探していた。出会う運命ならばいつか出会うという楽観的な意見にレオも賛同するしかない。
 道端に咲く花々に少女の情報を聞きながら旅をし、時には街頭で演奏しその日必要な賃金を稼いでおり、この田舎街でもいつものように演奏した。その美しい容姿と心洗われる演奏は街中の女性達を虜にし、タスの名声は一夜にして広まる。しかし、もてはやされるタスをいまいましく妬む者もいた。
 この田舎街には有名な音楽団が存在していたが、突然のタスの登場で面目を潰される形となっていたのだ。演奏後、稼いだ賃金で宿を取ろうとした時分、若く綺麗な女性から夕飯を誘われタスは何の疑いも持たず着いて行く。招かれ入った小屋で後頭部を強打され、遠のく意識で脇に抱えた鉢が滑り落ち割れる音を聞いた。

 意識を取り戻すと、数人の男と自分を連れ出した女性が見下すように自分を見ている。立ち上がろうとするも、後ろ手に縛られているようで身動きはとれない。恐怖心が湧いてくるがタスは思い切って声をあげる。
「なんのつもりだ! 縄をほどけ!」
「それはコッチの台詞だ。こんな田舎街まで俺達の営業を邪魔しやがって」
「何を言っているのか意味が分からない」
「コイツ、いけしゃあしゃあと……、オイ、お前ら痛めつけて分からせてやれ」
 背後にいた二人の男は合図を受けるやいなや、タスの全身を棍棒で滅多打ちにする。ピクリとも動かなくなったタスを見て男たちは満足気に小屋を後にする。誰も居なくなるとレオは堪らず声を掛けた。
「タス! 大丈夫か!? タス!」
「大丈夫、な訳がない。心で喋れるからいいものの、現実では声を出す気力がない」
「くそ! 私が人間ならば戦い君を助けてやれたのに。今日ほど花であったことを呪ったことはない!」
 鉢が割れ地面に倒れるレオは憤懣やるせない気持ちをぶつける。
「あはは、レオってホント人間みたいだな。僕は、レオと出会えて良かった」
「オイ、タス! 何別れの言葉みたいなことを言ってる。しっかりしろ!」
「しっかりしてる、よ……」
 そう言うとボロボロになった足で起き上がろうとする。しかし、右足を骨折しているようで上手く立てない。
「足が痛い。たぶん骨折れてる」
「無理するな。ゆっくり脱出することを考えろ」
「分かってる」
 壁に寄り掛かりながら、這うようにもがいていると外からパチパチという音と共に赤い炎が上がる。
「マズイ! 奴ら小屋に火を放ったようだ! タス、急げ!」
「分かってる。でもまずレオを拾わないと」
「無茶だ! 足をやられて後ろ手に縛れてる状態では、時間が掛かりすぎる! タスだけでも逃げろ!」
「親友を置いて逃げろって? そんなこと僕に出来る訳がないだろ」
 タスの発言にレオは押し黙る。
「僕とレオは親友だ。これからも一緒に旅を続けるんだ。可愛い命の恩人に会って礼を言うんだろ? ここでレオを置いてはいけない。そして何より、レオは僕の太陽であり、僕が道に迷ったときいつも正しい方向に導いてくれた。今の僕があるのは、レオのお陰だ。僕にとって君は掛け替えのない大切な親友なのだから……」
「…………タス、君が私を親友と呼んでくれただけで私はもう十分だ。もし私が人間ならば涙を流し感謝の念を伝えただろう。私は幸せ者だ」
「レオ……」
 次の瞬間、火の手が小屋内部まで迫り、その勢いで焼けた戸板がレオに被さる。
「レオ!」
「私はもう手遅れだ! 君だけでも早く逃げるんだ!」
「でも!」
「頼む、親友としての最後の願いだ。生きてここを出てくれ。そして、私が少女に言えなかった礼を君が代わりに伝えてほしい」
「嫌だ、そんなの嫌だ! 僕はレオと一緒に居たいんだ!」
「タス、君ってヤツは最後まで私を困らせるな。でも、本当に心優しい良いヤツだ。私は君に出会えて本当に良かったと思う。君に出会うために生まれてきたと言ってもいいだろう。でも、さよならだ。今までありがとう、タス……」
 そう言ったきりレオは沈黙する。火の手をかいくぐり何とか小屋を脱出したタスは、燃え盛る炎に向かい号泣しながらレオの名を何度も何度も叫んでいた。

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