アマリリス
第7話

 運命という単語を放たれ驚きながら美玲は問う。
「何を押して運命って言い切れるの?」
「この状況が既に運命だと思ってますけど、一番の決め手は勘ですね」
「一番が勘て、一番信憑性にかける理由ね」
「うん、結局運命って理屈じゃないと思う。運命という名の必然というのが正しい表現だろうね」
「必然、出会うべくして出会った、とでも言いたいのね?」
「僕はそう思ってる」
 じっと見つめる大輝に堪らず目を逸らす。
(いきなり運命とか必然とか言われても信じられない。こういうパターンで口説く男かもしれないし、どんな人物かなんて現状判断もつかない。でも、初めて会ったとき普通とは違う何かを感じたのも確かだわ)
 ストレートに口説いているのかと問うのも考えものだが、相手の真意が気にならないと言うと嘘にもなる。ここ最近気になっていた相手でもあり、流れによっては本当に運命の出会いとなる可能性だってある。よくよく考えた末、美玲は話を切り出す。
「さっきから運命って言うけど、それって具体的にどんな運命だと思ってるの?」
「それは僕にも分からない。出会ったことは運命であるけど、先の未来はお互いの言動とかによるだろうし」
「なによそれ。それって運命って言えるの?」
「神宮さんはどこか勘違いされてるみたいだけど、運命って縁みたいなもので、縁があってもそれを掴む勇気とか良くしようとしないと離れて行くよ。運命って百パーセント決まった出会いや事象というニュアンスじゃなくて、与えらえた一シーンと捉えた方がいい。そのシーンをどうするかはその人次第。何もしないで何も得られず、それが運命だったなんて言うのは考え違いだと僕は思う。与えられた運命を自分の力で掴み取ってこそ後に、あれは運命だったんだって感じるものだと思うから」
 大輝に説明に美玲は納得し頷く。
(確かにそうだ。元旦那との出会いがあって由美香がいる。あの出会いは失敗だったと思う反面、会えなかったら由美香は生まれず巡り合えなかった。そして、由美香がこの病院に入院してなかったら、清水君と会うこともなかった。つまりそういうことか……)
「運命。そう考えると、全ての出会いが運命と言えるわね」
「そうですね。その運命をどうするか、それは本人次第ってことですね」
「清水君はどうしたいの?」
 意地悪く意味深な目で大輝を見ると、相手は照れながら頬を掻く。
「もし神宮さんさえ良かったら、お時間あるときにでもゆっくり話したいかな。もしかしたら、本当にどこかで会ってたかもしれないし」
(これって暗にデートしたいって言ってるようなものじゃ。こんな経験ずっとないし、ちょっと嬉しいかも)
美玲は浮ついた気を抑えつつ切り出す。
「分かったわ。じゃあ明後日の土曜とかどう? 夜はパートあるから昼から夕方くらいまでになるけど?」
「えっ、いいんですか?」
「清水君さえ都合が良ければ」
「分かりました。では、明後日の昼にどこかランチをご一緒しましょう。念の為、連絡先教えます」
さり気なくアドレス交換を済ますと、明後日の約束を再確認し椅子を後にする。後に病室で待っていた由美香から開口一番、顔がニヤけていると指摘され顔を赤くした。

 土曜日、普段よりも入念に化粧をし、できるだけ若作りをしてランチに挑む。正月休みということもあってか、待ち合わせ場所の改札前はカップルが数組見られ、他人からすれば自分達もそのように見られるのかと意識してしまう。時間より三十分早く着いた美玲だが、ほぼ同時刻に大輝も現れる時間厳守の性格が互いに見て取れた。
 予約を入れておいた洋食屋では緊張することもなく、終始楽しい雰囲気で過ごす。話してみると互いに共通している部分が多く、血液型や趣味、好きな歌手から好きな食べ物まで似ており盛り上がる。挙句の果てには、誕生日の月まで同じで、本当に運命的なのではないかと思ってしまう。
 生まれた場所や育った場所は違えど、似たような経験をし、似たような考えも持っており、たった数時間の交流で心の距離は一気に縮まる。特に正義感が強く曲がったことが嫌い、責任感も強く自分の言動には責任を持つ等、真っ直ぐで頑固な面も似ていた。
 楽しい食事の最中にさり気なく左手の薬指を見るも、指輪らしきものはなく着けていた跡もなさそうでどこかホッとする。途中、年齢を聞こうと思い立ったが、それは同じくして自分の年齢を言うハメにもなり兼ねず今回はスルーした。ただ、その肌艶や雰囲気からして一回りは年下だと察し、その年齢差に少々引いてしまう部分もある。
 ランチから買い物という流れの後、喫茶店でお茶をし既定の時間を迎える。当然のごとく来週の土曜日も再び会う約束を取りつけ、昼に待ち合わせた改札で別れる。初めて会ったときには感じていなかった想いだが、去って行く後ろ姿を見ていると寂しさが生まれ、仄かな恋心が芽生えたのだと美玲は実感していた。
 
 その夜、ビル清掃のバイト中、八重と前回同様恋バナを交わすことになり、惚気を聞きながらその内容と大輝を重ねて空想する。八重の不倫相手は五歳年下と言っていたが、美玲の場合はその倍となる可能性が高く、参考にならないかもしれない。しかしながら、八重の語る赤裸々なデート内容は刺激的で、何年もそういうことをしてない美玲はドキドキしながらその話を聞く。
「だから、若いってことはそれだけで魅力ってことよね。やっぱり元気が違うわよ、元気が」
「まあそうよね」
「ところで神宮さん、貴女もしかして恋してない?」
「えっ、な、なんでそう思うの?」
「女の匂いがプンプンするもの。所謂フェロモンってやつ。恋人とか良い男と会うと出るからね。図星?」
 八重からの鋭い問いに美玲はしどろもどろに答え、最終的には早く寝てしまえというとても有難いアドバイスを貰う。パート帰りの車内で着信した大輝からのメールは仕事を労う内容で、その優しいメールを見てニコニコしながら感謝のメールを返した瞬間、恋が始まったのだと気がついた。

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