狐の恋は波乱塗れ
兄の思い



昔々、ある時代、妖怪達が猛威を振るう時代ありましたとさ。
妖怪と違って弱い人間を嫌い、度々人間を襲う妖怪もいれば、
人間と妖怪の共存を望み、人間と親しくする妖怪もいました。
そういった考え方の違いから妖怪達は大きく二手に分かれていました。
人間を嫌い、襲う妖怪達を闇夜と言い、人間と親しくする妖怪達を光陽と言いました。
闇夜を仕切る種族は主に狐でした。
そして、光陽を仕切る種族も狐でした。
狐は昔から妖怪の中では一番力が強いのです。大妖怪とも呼ばれます。
そして、狐の中でもそれぞれ一族がありました。その中でも特に強かったのが、銀の髪と耳を持ち、まるで青空のような瞳をし、位の高い者は雪を自由自在に操る事が出来る銀狐と言う一族。
次に、力が強かったのは漆黒の髪と耳を持ち金の目を持つ、また位の高い者は火を操る事が出来る夜霧と言う一族。

そう、最も力を持つ銀狐と二番目に力を持つ夜霧が思い切り別れたのです。
光陽が銀狐、闇夜が夜霧でした。
度々、人間を襲う闇夜の夜霧。
それを、見た光陽の銀狐は黙ってはいられませんでした。
そのため、夜霧が人間を襲う度に銀狐は人間助け、夜霧と対峙しました。
でも、元をたどれば同じ狐。
その度に銀狐は一緒に人間と共存して行こうと説得するが聞き入れてはもらえませんでした。
しかし、ある時、人間が銀狐の里に来たかと思うといきなり火を放ちました。
突然の事に銀狐一族が抗議すると

『黙れッ、この薄汚い獣めが!』

と一族の一人に突然刀を向け心臓を貫きました。それを、見た一族達は怒りに燃え上がり人間へと牙を向けました。
何故、今まで助けてあげてきたのに恩を仇で返すのかと。
銀狐は人間達と争いました。
しかし、数に圧倒的ふりがあり、銀狐一族は一晩にして滅ぼされてしまいました。たった二人の子供を覗いて…





「ハッハッ…ヤーーッ」

裏庭の方から気合の入った声が聞こえる。それと同時にビュッビュッと空を切る音が聞こえた。

裏庭にいくと長く綺麗な黒髪を上の方で縛り、その透き通るような白い肌に汗をうっすらと浮かばせながら、稽古をする少女の姿があった。
まるで、晴天の青空のような綺麗な色の瞳が真剣に目の前を見つめている。
可愛らしい薄ピンク色の唇はきつく結ばれていた。

話しかけるのをためらっていると、

「どうしたの?雪蓮。」

先に気づかれた。

「ああ、雪儷少しお茶でもしないか?銀狐がいい菓子を手に入れたみたいなんだ。お前もずっと稽古ばかりで疲れただろう?」

と優しく問う。

「あ、うん!分かったわ。」

雪儷はすっと持っていた竹刀を下ろすと、雪蓮の方へと駆け寄った。
綺麗な黒髪が美しく跳ねる。

「今日は、どうな菓子が出るのかしら?楽しみだわ。」

と笑った。
心地よい風がふく。

「なんでも、今日の菓子は有名な菓子だそうだよ。なかなかてに入らないものらしいね。」

と言うと

「それなら、尚更楽しみだわ!」

と弾んだ声で言った。
雪儷は大の甘党だ。甘いものを食べている時の雪儷の顔はなんとも可愛いらしく、自然と心がポカポカとする。

「そういえば、よく僕に気づいたな、確かあそこからは、お前は死角だし完全に気配を消してたのに。」

そう言うと、なぜか雪儷はニコリと笑った。

「だって、雪蓮ですもの。気配を消しててもすぐわかりるわ!
あと、私は気配には敏感なの。」

「それにしても凄いな」

そう言うと、雪儷の方に目を向ける。自分と同じ色の瞳と目が合う。
でも、雪儷の瞳に一瞬冷たく、鋭いものがよぎった。そして、ボソッと何かを言った。
ほんの一瞬だけ。
すぐにいつもの表情に戻った。
どうした?と聞くと雪儷は何でもないと言った。
でも、雪蓮は聞こえていたのだ。雪儷が言った言葉を。あえて、聞こえていないふうに装った。

中庭へ行くと銀狐が待っていた。銀色の髪に同じく銀色の毛並みを持つ耳。そして綺麗なブルーの瞳。
綺麗に伸ばされた髪は丁寧に右下に縛られている。銀狐の姿をしている。銀狐は一応人間の姿になることができる。耳をしまい、髪は銀で目立つので黒髪となる。でも、目だけは色を変えられない。
一族、銀狐と同じ名前を持っているこの男。
母様に従っていたらしい。
今では、家族同様だ。何たって育て親みたいなもの。
まだ、10歳だった僕らをここまで立派に育ててくれた。本当に銀狐には感謝している。
あれから、月日が流れ6年たった。
今では、16歳。
人間がけして入ってこないような山奥に住んでいる。三人で力を合わせて畑を耕したりして生活している。
いわゆる、自給自足ってやつだ。
時々、銀狐が山をおりて野菜を売ってくるんだが、どうやら、僕らの育てた野菜は人間達の間では随分人気なようで結構儲かる。そして、どうやらその儲かったお金で今日は菓子を買ってきたみたいだ。
銀狐は僕らに気がつくと爽やかな笑みを浮かべた。相変わらず整った顔立ちだと雪蓮は思った。
そう思う雪蓮も、もちろん美形なのだが…本人は気づいていない。

「銀狐、待たせちゃってた?」

雪儷が申し訳なさそうに言う。

「いいえ、全然大丈夫ですよ。
さっ、はやく食べましょう?」

またもや、爽やかな笑顔で言う。
雪儷はありがとうと、はにかむと銀狐の横に座る。雪蓮もそれに習って雪儷の隣に座った。
そして銀狐が例の菓子が入っている箱を取り出した。箱には大と記されている。大?何て思っているとぱかっと箱が開いた。
そこには…

「わぁぁ〜〜‼︎」

雪儷が嬉しそうに笑った。本当にいい笑顔だ。

「大福か…」

とつぶやく。
雪儷は目をキラキラさせて

「いいえ、雪蓮違うわ‼︎大福だけれど苺よ!苺大福!」

興奮した様子で言う。
銀狐が微笑みながら茶を渡す。

「ええ、雪儷の言うとおり苺大福です。凄い人気な為、手に入れるのになかなか苦労しました。」

茶を受け取り改めて苺大福をまじまじと見る。

「へー、これが人気なんだなぁ」

なんだか感心する。

「美味しい!」

隣で感嘆が聞こえた。目を向けると雪儷が苺大福をほうばっている。
もう、食べているのかよ…

「おい、そんなに詰め込むと消化に悪いし、喉に詰まるーー…」

「うっ……げほげほッ…けほっ
つ、詰まったッ‼︎」

「もう、詰まったのかよ‼︎早すぎだろ‼︎」

思わず突っ込む。

「言わん凝っちゃないですね。」

銀狐がクスクス笑いながら茶を素早く渡した。雪儷は、茶を受け取りごくごくと飲み干す。

「うう、死ぬかと思った…」

雪儷が胸を叩きながら言った。

「いや、あれで死ぬわけないだろ。
大妖怪の狐、銀狐が喉に餅を詰まらせて死亡何て事があったら一大事だぞ。」

茶を啜りながら言う。
茶葉の香りが鼻をくすぐる。…うまいな。

「そうですね。銀狐の末裔でそんな事があったら一族の恥になりますね。」

「くっ、銀狐まで‼︎銀狐って結構グサグサくるよね。」

雪儷が地味に愚痴る。ああ、それには共感する。

「ああ、そうですか。それならこの大福はもう、いりませんね。」

銀狐がニコニコ笑顔で言う。
ニコニコだ。ニコニコ。

「えっ、ああ‼︎違います‼︎ごめんなさい‼︎だから苺大福だけは‼︎」

雪儷が銀狐に飛びつく。
まだ、食う気だったのかよ。
さーーーと風が吹いた。遠くには鳥のさえずりが聞こえる。
(心地よいな。)
と雪蓮は思った。
こんな生活がいつまでも続けばいいのに…
隣で争う二人の姿を見ながらそう思った。でも、そう長くは続かないだろうと雪蓮は感じている。
さっき、雪儷が放った言葉。





「人間に…復習する為だもの…」

人間は確かに親の仇だ。あの日の後僕たちは母様を最後に見た所へ向かった。
辿り着いた時、目を疑った。そこにあったはずの村も仲間も森も、そして…母様も…
全てきえていた。何も無かった。無かったのだ。
残るのは燃え尽きた灰、鼻を突く嫌な匂い。
人間が憎いと思った。
雪儷を見ると意外にも泣いてはいなかった。あまりの事に泣いてしまうかと思ったのに…

「雪儷、だいじょ……」

手をかけようとしたが辞めてしまった。なぜなら…

目が虚ろだった。綺麗な澄み渡るような色をしていたのにあの時は濁っているように見えた。
焦点がまるで収まっていなかった。
あまりの悲しみにこうなってしまったかと思ったが…

違う

そうじゃない

この子の瞳はーー…

憎悪に囚われている。強い憎しみが感じられた。

雪儷はいつか必ず人間と争う時が来る。
その為に雪儷が強くなったのだとおもう。
思うに悔しいけど実力は雪儷がかなり雪蓮より上。
完全に消した気配もすぐに気づいたのも家族だからとかではないと思う。
でも、雪蓮は思うのだ。
雪儷に復讐なんてことをさせたくない。憎しみに溺れさせたくないと。
確かに人間は憎い。けれども、人殺し何ていう運命を辿っては欲しくないのだ。
このまま幸せに生きていきたい…

ふと、雪儷を見るとまたまた苺大福を食べていた。満面の笑みで。
どうやら、雪儷が苺大福を勝ち取ったようだ。
思わず微笑む。

「太るぞ」

微笑みをニヤニヤに変えて言うと雪儷が目を釣り上げた。

「なんですって‼︎乙女にそんな事言うとか最低‼︎成敗してやるぅッ」

叫びながら雪儷が木刀を取ろうとする。
そこを銀狐がやんわり

「まあまあ、落ち着いてください。
けれども、四つも食べれば少しは太りはしますから、そうですね…5キロぐらいですね。」

止めたのか?

「ごっ5キロ?全然少しじゃないし‼︎
絶対、数重ねたでしょう⁉︎」

またギャーギャー騒ぎ出す。


ああ、やっぱりこのまま時が止まってしまえばいいのに…
雪蓮は微笑んだ。

雪儷、君には笑っていて欲しいんだ。いつまで笑って生きてほしい。
君にあんな瞳は似合わないよ。
だからお願い。
このまま幸せに……

強く強く願った。











でも
そんな穏やかの生活が長くは
続かない
事を
誰も知らない。

雪蓮も
銀狐も

雪儷も…

荒れ狂う嵐が来る事を…






***



「まだなのか?その奴らの生き残りが住んでいる所は?」

長く綺麗な黒髪の男が、近くについている眼帯をつけ、肩につくぐらいの青い髪を後ろに縛っている男に聞いた。

「はい、ここからはまだ、随分距離がある模様。
時間はだいぶ掛かると。」

青い髪の男は丁寧に答えた。

「そうか、なら良い。
ふふっ、それにしても楽しみだな。
奴らに会えるとは。もう見ることはないと思っていたが…
生き残っていたとはな。実に愉快だ。そうとは、思わんか?清純よ。」

青い髪の男は清純といった。

「ええ、それは楽しみですね。」

清純は短く答える。
黒髪の男は、ははっと笑った。

「実に面白い男だな、お前は。
だが、今から会いに行こうとしている奴らのに方がよほど面白いぞ?
何たってあの大妖怪最強と呼ばれた………」

ニヤリと黒髪の男は笑った。



「銀狐。だからな」




幸せな暮らしが終わりを告げるまでの

カウントダウンが始まった事に
誰も気づく事はない。

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