狐の恋は波乱塗れ



「銀狐登場…だな。」

目の前の男は実に嬉しそうに言った。
微かに声も弾んでる。
雪儷は黙って刀を抜いた。
刀には氷の様な冷たさがあった。キラリと光る。
矛先を黒髪の男へと向ける。
すると、男は驚いた様な顔をしたが直ぐに嫌な笑みを顔に浮かべた。

「おやおや、この私に刃を向けるとは…
対したものだな。それか、ただの世間知らずか…」

黒髪の男はわざとらしく言った。
本当はこいつは元から雪儷が刃を向けるとわかっていた。
その行動が余計に雪儷イライラとさせた。
単刀直入に雪儷は言った。

「ここから、早く立ち去って。」

本当は皆殺しにするつもりだったが
…やめた。
理由はこの黒髪の男に何かを感じたからだ。
多分、この男は雪儷が本当は皆殺しにしようとしていることさえも見抜いているのだろう。
だったら、こいつの思い通りにはなるもんか。
雪儷は冷たい視線を彼らに向けた。
人間達の反応は様々だった。
雪儷の冷たく、射抜く様な視線に怯え、固まったものが大半、
残りは、気絶してしまった。

だが、あの青い髪の男と黒髪の男はやはりちがった。
青い髪の男は雪儷に敵意の眼差しを向けていた。
スラリと槍を雪儷の方へと向け、構えている。
なかなか良い構えだった。
スラリとした長身を上手く使っている。
一方、黒髪の男は異様だった。
普通、銀狐の射抜く視線を受けて取る反応は主に大きく分けて二つ。
一つは恐怖に襲われ、気絶。
あるいは動けなくなる。
二つは青い髪の男の様にある程度の強い力を持っているものは敵意をむけ、挑む。

このどちらかだ。

それなのに目の前の男は
怯えた様子もない、敵意もない。
そんな状態だった。
その嬉しそうな顔がある。
銀狐に会うことを待ち兼ねていた様だったのだ。
雪儷は身震いをした。
そして、緊張で乾いた口を開く。


「そこの黒髪と青髪の男。
名はなんと言うの?」

そう言うと黒髪は目を細めた。
冷たい空気が漂う中、青髪が口を開いた。
眉間にしわがよっている。
鋭い眼光がこちらを見つめた。

「俺の名前は清純だ。二度は言わない。ちゃんとその脳みそに叩きこんでおけ…」

乱暴な口調だった。
その言い方にイラついた雪儷は冷たく返事を返す。

「ええ、覚えといてあげる。
本当は人間の名前なんて覚えたくも無いんだけどね。」


「貴様ッ…」

その場の雰囲気が一層と冷たくなった。
黒髪、清純以外の気絶のしていない人間は皆
息を飲んだ。
このまま、ここにいると心臓が凍ってしまうのでは…
というぐらいだった。

「清純、慌てるではない。」

そこで、黒髪が冷静に止めに入った。でも、その顔はまだ笑顔のままだ。
そして、一息つく。
真っ直ぐとした印象のある瞳がこちらをむいた。

「…さて、申しおくれたが我が名前はーー…千景…だ。」

ニヤリと笑った…

「千景…」

とその名をつぶやく。
何処かで聞いたことのある名前…
そして何故懐かしい感じがしたのだろう。と雪儷はおもった。
雪儷は顔をしかめる。
何かが引っかかる。
その原因を雪儷は考えたが何も分からない。
その時…!!

「おいっ!!」

目の前に雪蓮が現れた。
雪儷を急いで追いかけてきたのだろう。
髪は乱れ、息は荒い。
額には皺が寄せられている。
雪蓮は厳しい眼差しで雪儷を見た。

「お前!!一人でいくなっ!!
心配だろう!怪我は!!大丈夫か?」

雪蓮は慌てた様子だったが、雪儷は黙って首をふり、千景の方へと視線を向けた。
雪蓮も不思議に思い雪儷の視線の先を見た。
雪蓮が目を見開く。

「なっ!人間ッ…」

ありえないと言う顔で雪蓮が雪儷の顔を見た。
雪儷の顔はひどく厳しい顔をしていた。周りの状況を確認してから、
雪蓮は一息ついてから口を開く。

「殺したり、争ってはいない様だな。人間を憎く思っているお前ならすぐ殺ると思ったが…。
何か…あったのか?」

戸惑いの色をした瞳を雪儷に向けて言う。
雪儷は桜色の唇をきゅっと結び黙っている。
雪蓮には雪儷が何かに悩んでいる様に見えた。
すると横から鋭い声が飛んできた。

「また、銀狐登場か…。
彼女のお兄様ってとこだな。ふふッはははっ面白い、実に面白い。
なぁ、清純?」

千景は近くにいた清純に問いかけた。
その顔からは余裕がうかがえる。

「はぁ…」

清純は困った様に曖昧な返事をしたが、
千景はあまり気にしてはいないようだった。
だが、雪蓮は顔を歪めてそのやり取りをみていた。
微かに拳を握りしめ、震えていた。
面白いと言われたことで相当頭にきたのだろう。
真っ直ぐ千景を睨みつける。
その視線に気づいたのか千景は雪蓮と目を合わせるとニヤリと笑った。
形の良い唇が開く。

「まあ、そう怖い顔をするな。
まだお兄様には自己紹介はしてないな…。
我が名は千景だ。それと近くにいる目つきが鋭いが清純だ。
以後、覚えておくように。
雪蓮、雪儷よ……」

「!?ッ…」

雪蓮、雪儷は息を飲んだ。
その傲慢な態度にも驚いたが
問題はその後だ。

「今…なんと言った…」

震える声で雪蓮は問いかけた。
厳しい顔で千景を見つめていた。

「以後、覚えておくように。」

千景はとぼけたように言った。
その態度が余計にこの双子を苛立たせた。
雪儷は千景を睨みつける。
そんな、視線を千景は軽々と受け流し、ニヤニヤと笑っている。

「ちがうッ、その後だ!!お前もわかっているんだろうッ?」

雪蓮が怒気の孕んだ声で言う。
今にも殴りかかりそうな勢いだった。
興奮で血管は浮き出て怒りを表している。
それを見ても、さも千景からは笑みは消えない。
他の弱い人間達は身を固くし、恐怖に襲われているのに…

「雪蓮、雪儷……」

静かに口にした私たちの名前…。

「何故、僕らの名前を知っている…」

一瞬、目を見開いた雪蓮はそう告げた。イライラと前髪をくしゃりとあげる。

「そうよ、私たちの名前は今に至るまで口に出してはいない。
貴方は……何者?」

冷たく千景を見つめる。
雪儷は、唇を噛んだ。こいつは只者ではない。実力は一体どれ位なの?
そういう不安が雪儷を取り巻いた。
先程よりもより強い冷気が漂っている。肌を突き刺すようなものだった。

「ハハッーー…」

乾いた笑い声が響いた。
千景だ。

「ーー…ッなにが可笑しいの!?」

思わず大きな声が出た。
拳を握り締める。

「はははっ、何者だと?
さっき、名乗っただろう。千景だと…。さてと、そんなことはどうでもいいじゃないか。
それより、私はお前達と契約する為にこちらに来たのだ。」

千景は先ほどよりも低い声でそう告げた。
吸い込まれそうな黒い瞳に鋭さが宿る。

「契約…」

その鋭い瞳をみた雪儷は掠れた声で呟く。
だが、納得のいっていない雪蓮は叫ぶように言った。

「何が契約をしにきただ!
ふざけるなっ!そもそも、僕らは何故名前を知っているのかと聞いッ…」

「これを…見たことがあるだろう?」

大きな声が雪蓮の言葉を遮った。

「清純。あれを…」

千景が言うと清純が前へと進み出た
。その手には小さな箱が握られていた。

「はっ、こちらになります。」

清純が千景に箱を差し出す。
随分と古い箱だった。
千景はその箱を受け取ると、蓋を開け中の物を取り出した。
キラリと光るそれは、綺麗な簪だった。
雪の結晶が飾りとなり、七色に輝く不思議な光を宿らせていた。
そして、それは酷く懐かしい物だった。

「その簪はッ…ーーー!!」

雪蓮が声を出す。
雪儷は震えた。



母様の……簪。
母様の大事な…いつも身につけていた簪……。
この世に二つとない物。あの日、母様はそれを身につけていた。だから、もう無いはずなのに。
それが、何故…
目の前の男の手の中にあるの?

「カエシテ……。」

いつの間にか鋭さのある声がこぼれていた。
雪儷は目の前が真っ暗になっていた。
その反応に千景はニヤリと笑った。

「返してほしくば……ーー
私と…契約せよ。」






悪魔の囁き。

母様の簪はこの男の手の中。

力づくで奪おうにも、力を入れれば簪は簡単に折れて一生直ることはない。

母様の形見。

諦めるなんて出来ない…


でも、母様の仇とも言える憎き人間に従うなんて嫌だ。


では…どうすれば?

どうすればいい?





母様…私は…私は…
どうすればいいの?
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