時空(とき)の彼方で
「明日から10日間連続で舞台があるんだ。良かったら岩清水さんと見に来てくれないか?」

 彼は封筒に入ったチケットを渡した。

「はい、是非! わたし、小川さんの舞台見てみたかったんです」
「明日の19時開演の分でチケットを用意した。もし都合が悪ければ違うものを用意するよ」
「わたしはいつでも大丈夫です。店長には後から聞いてみます」
「よろしく頼むよ」
「そうだ。店長がスマホを用意してくれたんです。良かったら、番号交換してもらえますか?」
「もちろん構わないよ」

「お待たせしました」

 テーブルに運ばれて来たのは、鮭とほうれん草のクリームパスタだった。
 番号の交換を終えた2人は、それを口に運んだ。

「美味しい!」
「だろ? ここのパスタはどれもうまいんだ」

 2人は、食事をしながらいろんな話をした。
 この世界で彼女が安心して話せるのは、目の前にいる小川達樹と、岩清水真人だけ。
 彼らと会って話をしている時間が、一番楽しかった。


 翌日、岩清水と2人で劇場を訪れた彼女は、用意してもらったチケットの席に興奮していた。
 元々演劇や映画、コンサートといった類のものが好きな彼女だったが、安月給でやりくりしていた彼女には、そうそう贅沢する事も出来ず、舞台も2階の席から見る事が多かった。
 それが、今は1階中央の前から3列目のいう特等席。
 まだ始まってもいないのに、彼女の興奮はピークに達しそうだった。

 場内アナウンスが終わり、辺りが暗くなる。
 
 そして、静かに幕が上がった。

 その舞台で、彼は主役を務めていた。
 現代劇で内容もわかりやすい。
 感情移入し過ぎて、彼と愛し合うヒロイン役の女優が自分だったら良かったのにと、淡い嫉妬心も芽生えた。
 2人のキスシーンに至っては、胸がチクリと痛んだ。

 
 最高の舞台だった。
 その余韻に浸りながらも、ロビーで待つという岩清水を残し、彼女は楽屋に向かった。

 楽屋前の廊下には、ファンの女性が列をなして待ち構えていた。
 その手には、花束やプレゼントが握られている。
 さすがにこの場所に男性が来るのは気が引けるだろうなと思った。

 しばらくして、舞台から役者達が戻って来た。
 
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