時空(とき)の彼方で
 一斉にファン達の黄色い声が響く。
 彼女は、声は出さなかったものの、周りのファン達と同様に、小川達樹にときめいていた。

 彼は、手前のファンから1人ずつ丁寧に対応しながら楽屋に近づいて来る。
 その優しさが、熱狂的ファンを増やす要因になっているのかもしれない。

「理沙ちゃん、舞台どうだった?」

 やっと彼女の前に来た彼の顔は、汗で化粧も落ちそうだった。

「凄く素敵でした。感動しました」
「ありがとう。岩清水さんは?」
「ロビーで待ってます」
「そうか。さすがにこの雰囲気の中には入れないよね。理沙ちゃん、ちょっといいかな?」

 そう言うと、彼女の手を引き楽屋に近づく彼。
 途端に、ファンの子から強い嫉妬の視線を浴びる彼女は、どうしたらいいのかドキドキしていた。

「みんな、誤解しないで。この子は田舎から出て来た親戚の子なんだ」

 それを聞いて安堵した子達は、楽屋のドアが閉まると、静かにその場を離れた。

「ごめん。勝手に親戚の子にしちゃって」
「いえ、助かりました。みんなの視線、凄く怖かった。それにしても、小川さんってとっても人気があるんですね。びっくりしちゃいました」
「人気無いと思ってた?」
「いえ、そうじゃないけど・・・」
「舞台じゃある程度認知されてるけど、テレビじゃまだまだだからね。将来的にはそっちでも活躍出来たらいいなと思ってるんだ」
「そうですね。もっと小川さんを見たいです」
「ありがとう。急いで化粧落とすから、その後3人で食事にでも行こう」
「お疲れじゃないんですか? それに、舞台はまだまだ続くんでしょ?」
「大丈夫。君は、いつ居なくなるかわからない存在だ。出来るだけ時間を作って話がしたいんだ」
「わたしもです」

 彼女は、舞台俳優小川達樹の大ファンになっていた。
 
 帰り支度を終えた彼は、楽屋のドアを開けて彼女を外に出した。
 そこは、さっきまでの熱気が幻だったかのように静まり返っていた。

「ファンの人達、帰ったんですね」
「劇場の外で待ってくれてると思う」
「そこを通って帰るんですか?」
「ああ。でも、俺が嫌がるのを知っているから、車に乗った後は決して追いかけては来ないよ」
「マナーがいいんですね」

 ロビーに行くと、岩清水が待っていた。

「すみません、お待たせしてしまって」
「いえいえ。舞台素晴らしかったです。誘って頂いて有難うございました」
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