時空(とき)の彼方で
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「ええ」

 立ち上がった2人は服に付いた芝生の欠片を手で払うとその場を離れた。
 手をつないでゆっくりと歩く。
 
 ホテルに着いたのは、それから20分ほど経ってからだった。

「それじゃ今晩はこれで」
「えっ? もう帰っちゃうの?」
「明日は朝早くから仕事なんだ」

 泊まって行けば?
 そう言いたかったけれど、まだ彼の気持ちを聞いたわけでもない。
 好意は持ってくれているはずだけど、そんな事を簡単に言える仲ではないのだ。

「今日はありがとう。素敵な思い出が出来ました」
「理沙がいる間に、もっと思い出作りが出来るといいね」
「そうですね」
「それじゃ、お休み」
「お休みなさい」

 振りほどかれた手を、心の中で離さないでと願っても、その声は彼には届かなかった。
 ホテルのガラスドアの向こうから、一度こちらに向かって手を上げる。
 彼女もそれに答えるように手を振った。

 部屋に戻った彼女は、ベッドに腰掛けると指で唇に触れた。
 その途端、体が熱くなる。

「彼とキスしたよね? あれって夢じゃないよね?」

 彼女は両手で顔を包み込むと、垂らした足をバタつかせた。
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