時空(とき)の彼方で
「小川達樹さんっていうんだ」

 化粧をしているので素顔はわからなかったが、聞いた事のない名前だった。

 パンフレット持ちロビーを出る。
 外にはたくさんの女性達の姿があった。
 手には花束が抱えられている。

 彼女はそんなファンの列に身を投じ、彼が出て来るのを待った。
 
 キャー

 悲鳴が上がった方に目をやると、化粧を落とした男性の姿が見えた。
 彼が、小川達樹さんだろうか。

「松川さーん」

 ファンが叫んだのは、彼の名前ではなかった。
 続いてヒロインとおぼしき女性が現れ、別の男性が2人通り過ぎて行った。

 そして少し間を置いた後、一番大きな歓声が上がる。
 彼の名前を呼ぶ声が上がった。

「あの人だ・・・」

 彼は、花束を受け取ったり、サインをしたり、握手をしたりで、なかなか彼女の前まで届かない。
 他の役者よりもファンサービスが凄い。
 人気があるのもわかった。

 階段の下で待っていた彼女の前にやって来たのは、5分以上経ってからだった。

 あれっ? この人、どこかで会った気がする。
 そう心の中で問いかけてみたが、思い出す事が出来なかった。

「握手して下さい」

 思わず手を差し出す。
 彼はにっこりと微笑むと、優しく手を握ってくれた。
 温かい。
 この温もりは、絶対どこかで体験したもの。

「わたし、今日初めて小川さんの舞台を拝見しました。だけど、あなたに初めて会った気がしないんです。どこかで、どこかで絶対会った事があります」

「そう? それじゃまた僕の舞台を観に来てよ。そのうち思い出すかもしれないよ」
「わかりました。今日は、感動の舞台をありがとうございました」
「君、名前は?」
「成瀬理沙です」
「理沙ちゃんだね。覚えておくよ」
「ありがとうございます」






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