時空(とき)の彼方で
 思い出せなかった記憶が、観覧車という言葉によって、キラキラと輝きを帯びて蘇った。

 彼女は、席にコーヒーが届く前に席を立った。

「ありがとう」

 そう4人に向かってお礼を言ったが、彼女達には何の事だかさっぱりわからなかった。

 彼女は劇場に向かった。

 今日は確か夕方の公演があるはずだ。
 仕事だと思っていた彼女は、今日の分のチケットは取っていない。
 当日券は残っているだろうか。
 もし残っていなくても、劇場の外で待つつもりだった。

 劇場に着くと、さいわい2階席に空きがあった。
 すぐにチケットを購入する。
 開場まで約1時間。
 開場前のテントでは、グッズ販売が始まっていた。
 彼女はパンフレットを購入する。

 彼との事を思い出すと、それと同時に岩清水の事も思い出した。
 向こうの世界には、岩清水の恋人であるもうひとりの自分がいる。
 彼は、戻ってもこっちの世界の自分と上手くいくように願っていた。
 3年前、確かに彼から告白された。
 その時はまだ達樹の事を思い出してはいなかったけど、片思いという形で彼を好きになっていたので、交際を断った。
 そもそも、岩清水がチケットをくれた事が発端だ。
 あのチケットを貰っていなかったら、小川達樹の存在に気づいていなかったかもしれない。
 岩清水から告白された時、OKしていたかもしれない。
 
 彼女は、不思議な力を感じた。

 今日の舞台も素晴らしいものだった。
 いつもならこの余韻をまとい、階段の下で彼を待つところだが、今日の彼女は違っていた。
 幕が下りるとすぐに席を立つ。
 そして、一目散に楽屋を目指した。

 楽屋前の廊下にはまだ誰も集まってはいなかった。

 トントン。

 彼の楽屋のドアをノックする。

「はい」

 中から出て来たのはスタッフとおぼしき若い女性だった。

「達樹さんにどうしても話さないといけない事があるんです。中で待たせて下さい」
「ダメです。楽屋にはスタッフ以外は入れません」


 
< 34 / 36 >

この作品をシェア

pagetop