時空(とき)の彼方で
 トントン

 ホテルの一室。

 そこは、彼女がしばらくの間暮らした部屋だった。
 毎晩のようにここを訪ねてくれた達樹。
 今、扉の向こうに立っている彼ではないけれど、彼女にとってここにいる達樹も同じように愛おしい存在だった。

「どうぞ」
「失礼」

 彼女はコーヒーを入れた。
 そして、一緒に食べたシュークリームも用意した。

「どうぞ」
「ありがとう。このシュークリームって、並ばないと買えないやつだろ?」
「ええ。あなたは、これを並んで買って来てくれました」
「・・・話してくれないか?」

 彼女は、落ち着いた口調で話し始めた。
 そんな彼女の言葉に、彼も耳を貸す。
 とても信じられた話ではなかったが、彼女が嘘をついているとも思えなかった。
 
 そして、彼女が話し終える頃には、警戒していた彼の表情は、優しいものに変化していた。

「1か月ちょっとだったけど、私はあなたを愛して幸せだった。あなたは、こっちの世界に戻ったら、私の記憶は消えるって言ってたの。だけど、絶対忘れない。絶対あなたの事を覚えてるって思ったわ。そして、私の心はちゃんとあなたを覚えてた。だけど、はっきり思い出すまでに10年もかかってしまったけど」
「不思議な話だね。もう一人の君は、向こうの世界では石清水さんと付き合っているんだね」
「こっちに戻ってから、同じ時期に告白されたわ。だけど、その時すでに、私の心の中にはあなたがいた。達樹さんの事、思い出せなくても恋をしていたの」
「その時点で、2つの世界の未来は変わったんだ」
「ええ」
「そっか。向こうの僕は君と結ばれなかったんだ。だったら、僕が君を守らなきゃね」
「えっ?」
「理沙ちゃん。僕達付き合おうか?」
「達樹さん・・・」
「もう一人の僕が作れなかった未来を2人で作って行こう」
「はい」

 もう一人の彼は今、どうしているのだろう。
 この言葉が飛んで行けるのなら伝えたい。
 約束通り、ここであなたを見つけました。
 そして2人で幸せになりますと。

                          -完-
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