時空(とき)の彼方で
 おかしな事を言って人を不安にさせ、自宅まで教えさせようとしている。
 
「教えたくありません」
「まだ疑ってるの?」
「当たり前でしょ。だって、ここが10年後の世界だなんて有り得ない」
「わかった。それじゃ、君の職場でいいや」
「お店? そうよ、早く行かなきゃ怒られちゃう」
「気分は良くなった?」
「ええ。その事については感謝しています」
「でも、俺を詐欺師か何かと思ってる?」
「ええ、まあ」
「まっ、いいや。すぐにわかるよ。それじゃ行こう」

 2人は店を出るとバスに乗り込んだ。
 窓側の席に座った彼女は、そこから見える景色に目を凝らす。
 普段ならバッグに入れている文庫本を開いて、外などまったく見ていなかった。

「あれっ? あのビルの1階ってハンバーガーショップでしたよね?」
「確か、5年前くらいに移転した」
「他は、見覚えのある景色?」
「よくわかりません」

 目的地で下車した2人は、強い陽射しを避けるように急いでビルに駆け込む。

「このビルの2階です」
「前もって言っておくけど、もしかしたらそこに10年後の君がいるかもしれない」
「えっ?」

 彼女は、エスカレーターの手前で足を止めた。
 客を乗せていないエスカレーターは、それでも動きを止める事無く上へ向かって1段1段新しい段差を作り続けていた。

「だから、少し離れたところから様子を見よう。同じ時空に同じ人間が2人いて出会ってしまったら、どちらか1人が消えてしまうかもしれない」
「消えるって、死ぬって事ですか?」
「ちょっと違う。死ぬんじゃなくて、別の世界に飛ばされてしまうらしい」
「もしかして、パラレルワールドってやつ?」
「あれっ? 君もそういう話、好きなの?」
「好きというか、興味はあります」
「そっか。それじゃ話は早い。とにかく行ってみよう」

 2階のフロアに着くと、彼女は店から15メートルほど離れた柱の影から、そっとのぞき込んだ。

「あっ?」
「どうした?」
「店が無くなってる。えっ? 嘘でしょ!」
「閉店したか、移転したって事じゃない?」
「家、家に行きましょう」
「俺もついて行っていいの?」
「ええ是非。だってもし家まで無くなってたら、わたしパニックになりそう」
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