時空(とき)の彼方で
「わかった。それじゃ行こう」

 再びバスに乗り、家に向かった。
 日傘も手袋も、今はどうでも良かった。
 とにかく家があるかどうかが心配でしかたない。

 坂道を登り詰め、右に曲がると2階建てのアパートが見えた。

「良かった。無事に建ってる」
「でも待って。もし中にもう1人の君がいたら大変だ。俺が先に行って様子を見て来るよ。何号室?」
「203です」

 彼は、2階に続く階段を軽快に駆け上がると、203号室のチャイムを鳴らした。
 しばらく待ったが、中に人がいる気配は感じられない。
 彼からの合図で、電柱の後ろに身を潜めていた彼女も2階へと上がった。
 そして、バッグから鍵を出すと、穴に差し込む。
 いつも何気なくやっている行動が、こんなに緊張するなんて。
 
 カチャッ

「開いた・・・」

 ゆっくりとノブを回す。
 そして、ドアの隙間から中を覗いた。

「どう? 朝、家を出た時と同じかい?」
「違う・・・」

 彼女は、ドアを大きく開き、部屋の中を見回した。

「これで理解してくれた? ここは、10年後の君の部屋だ」
「上がりましょう」
「いいけど、物を動かしたりしないようにね」

 彼女は、色の変わったカーテンや寝具、新たに買ったと思われるドレッサーなどに軽く触れた。

「10年経ったら、こんな部屋に模様替えしちゃうのね。22歳のわたしの部屋より、ずいぶん大人っぽい」
「22歳なの? って事は、もう1人の君は、32歳って事か。俺達丁度いいな」
「えっ?」
「俺は34歳。君がいた世界の俺は24歳だ。24って言ったら、まだ下っ端だったな」
「何のお仕事をされているんですか?」
「劇団員。今は時々テレビにも出演している」
「なるほど。だからおしゃれなんですね」
「そう?」
「サラリーマンじゃないなとは思ってました」
 
 彼は、白い歯を見せて笑った。
 その笑顔にドキリとする。

「もしかして、今ときめいた?」
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