時空（とき）の彼方で

　扉を開けると、ベッドに腰掛けた彼女がいた。

「おはようございます」
「おはようございます。夕べはありがとうございました」
「眠れましたか？」
「はい」

　彼は、簡単な食事を用意すると、一緒に食べながら話を聞いた。

　仕事を終えた彼女は、自宅を目指していつもと同じ道を歩いていた。
　昼間はとても暑く、夜になっても気温は一向に下がらなかった。
　一日中冷房の効いたオフィスで働いていた彼女は、湿度のが高くむっとした空気に包まれているうちに気分が悪くなった。
　そして立ちくらみに襲われ、目を開けると見知らぬ場所にしゃがみこんでいた。

　それが、さっき出会った路地裏だった。

　空間移動？
　そう思った彼だったが、それだけでは無かった。
　彼女は、時空までも超えていたのだ。

　当時彼は、パラレルワールドだの、タイムトラベルだのにあまり興味が無かった。
　いや、興味が無いというよりも、それらは架空の物語で、映画の世界のものだと思っていたのだ。
　そんな彼の無知が、自宅に戻った彼女を消す事になってしまったのだ。

　そう。
　大阪に住んでいた彼女は、東京から新幹線で帰宅した後、もう１人の自分と遭遇して消えてしまった。

　自宅に着いたら電話を入れると言っていた彼女からのコールが無い。
　心配になった彼が電話を掛けてみると、出たのはこの世界の彼女だった。
　彼女が言うには、自宅にいると玄関の鍵を開けるような音がして慌ててトイレに駆け込んだ。
　そして鍵を閉めて息を殺していると、自分に良く似た女の声がしたというのだ。
　そこで勇気を出してドアを開けた。

「誰！」

　そこにいたのは、自分と同じ顔をした女だった。

「えっ？」

　そう思った途端、その女は消えてしまった。
　一瞬でいなくなったのだ。

　その後、彼が出会った女の消息はつかめていない。
　おそらく、違う世界に飛ばされてしまったのだろう。
　ここで怖い目に遭い、更に違う場所に飛ばされてしまった彼女。
　時空の中を彷徨い続けていないといいのだが。