鳥籠の底は朱い道
そんな単純そうな朱道の思考を椿は見出していない。だから余計に無意味な戦いを続ける。
ただ朱道に、負けられない、次は勝つという信念があるため戦いは続けられる。
……本来の朱道にとって“次”などあるわけがなく、それこそ戯言だというのに。
それはまだ朱道にも分かっていない。椿の訓練という道に引き込まれているということに。

椿のことといえば、部屋に閉じこもる前の初日とその次の日である昨日まで、朱道はまるで母に育てられるような感覚であった。
朝になれば朝食が出て、昼になれば昼食が出る。そして晩になれば夕食が出るし、風呂の準備や洗濯もされている。そんな初めての一日を不思議と朱道は、知らない筈の母という幻を見えていた。
別に母に会いたいとは思わない。思ったところで会うことは出来ないだろう。
それに味わうことがないと思っていた母の存在というものを知れただけでいい。本当の母を知ってしまえば、自分はどうなっているのか正直恐ろしくて考えられない。
いや、朱道にとってそこまでの答えは出さず、ただ会うつもりはないという考えだけで母の存在を拒否している。
だが、どうしょうもなく朱道には椿がただの女には見えない。身近な存在であると思う。
それは思考では本能、故に確信や理由はない。
……しかし、そんなものでも朱道は椿を殺す、絶対に。
暗い部屋の中で外は明るい昼だろう。
だが、そんなことはどうでもいい。ただ朱道は待つだけ。
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