たった一人の甘々王子さま
「は?浩司と別れろ?急になんで!そんなの無理!!」
優樹は父親の問に即答した。
机の上に手を『バン!』とついて。
「ちょっと、なんで浩司と別れないとダメなの!そんなのヤダ!そっちから付き合えって言ってきたら今度は別れろって?何言ってんの?別れるなんて絶対に無理!」
優樹の反論は止まることを知らない。
矢継ぎ早に言葉が出てくる。
その間、何も言わない浩司に不安を抱いた優樹は父親ではなく浩司自身に問いかける。
「浩司?自分と別れるの?........仕事、忙しいから?........なんで?........最近、会えないから?..........嫌いになった?
..........グスッ........やだよ........浩司、好きって言っくれたじゃん......」
どんなに問いかけても、浩司は何も言ってくれない。優樹はだんだん悲しくなって涙が出てきた。
「ねぇ、浩司?自分と別れるの?......嫌いになった?........グスッ....」
優樹はそっと浩司に抱きついた。
『離れないもん!』って気持ちを込めて。
どれくらい浩司に抱きついていただろうか。
父親の前だと言うのに、優樹はお構いなしに浩司に抱きついている。
泣きながら、小さな声で『ヤダ』『別れないもん』を繰り返して。
暫しの沈黙のあと、父親から声がかかる。
「......優樹。ちょっと、良いかい?」
「......グスッ........やだよ、別れないもん!」
優樹はまだ抵抗している。
勿論、浩司に抱きついたままで。
「優樹、そんなにも浩司君が好きなんだね?別れたくないんだね?」
父親が何度も優樹に確認してくる。
「別れないっていってるじゃん!父さんのバカっ!浩司だけ好きなの!浩司は好きって言ってくれたもん!」
そう言いながら浩司の肩口に顔を埋めて顔を左右に振りながら思いを叫ぶ。
「優樹は本当に浩司君が好きなのかい?」
しつこく父親が聞いてくるので、優樹もいい加減腹も立ってくる。
浩司に抱きついたまま、睨み付けるように顔だけ父親に向けて
「父さん、何で同じこと聞くの?浩司が何処に行こうと自分は絶対に離れない!別れるなんて絶対にしないっ!」
優樹が啖呵を切る。
その言葉を聞き、喜んだのは抱き締められている浩司だった。
「優樹。その言葉、信じても良いんだね?」
自身に抱きついている優樹の頭を撫でて、ゆっくり抱き締め返す。
「優樹、ごめんね?優樹の気持ちを確かめるようなことして。俺、優樹の気持ちを知ることができて嬉しかったよ。」
「......こう....じ?......ど....ゆこと?」
優樹は抱きついたまま、上を向いて浩司を見つめた。
今まで無表情だった浩司の顔が微笑んでいてすごく嬉しくなった。
浩司の指は優樹の頬に流れる涙の跡を拭ってくれる。
「優樹、驚かせて悪かったね。実はね、優樹の本当の気持ちを知りたかったんだよ。」
何が何だか分からない優樹に父親が種明かしをする。
「優樹........浩司君はね、来月から出張なんだよ。最近、忙しい日々を送っていたのは知っていただろう?」
「え?出張?直ぐ、戻ってくるの?」
突然の出張の話で驚くのも無理はない。
「イヤ、今回は海外でね、ちょっと長いんだよ......1年から3年ってところなんだ。」
社長である父親は申し訳なさそうに答える。
「出張って、海外なの?」
優樹は聞き返すと、父親はゆっくり頷く。
「だから、『別れられるか?』って聞いたの?」
優樹は父親に問う。
浩司に抱きついたままで。
「まぁ、それもあるのだが......」
父親は間をあけて付け加えた。
「優樹に浩司君の仕事について行く気持ち、離れたくない気持ちがあるのか、きちんと知りたかったんだよ。」
父親のその言葉で別れ話から婚約解消になると思っていた優樹は一安心。
「良かったぁ........浩司と別れなくて良いんだね?」
不安がなくなった優樹は浩司の胸に頭を預けて『フゥ』と、息を吐いた。
「そこでだね―――」
安堵した優樹に、父親の低めの声がまた優樹をヒヤリとさせる。
優樹もまたビクついて、そーっと顔だけ父親の方に向ける。
怯える優樹を少し高い位置から見つめる浩司は小動物を見るようですこし笑いを堪えている。
まぁ、優樹は背も高いので『小動物』という例えは不似合いかもしれないのだが..........