たった一人の甘々王子さま


カツカツカツ―――


見つめあったまま動かない二人に近づいてくる足音がひとつ。


その足音が優樹の耳に届いたときにはもう優樹の身体がふわりといつもの香りに包まれて、あっという間にその胸に抱き止められた。


そう、鬼の形相で近づいてきたのは浩司。


優樹は目を見開いて驚き、ショウは冷めた視線を浩司に向ける。


浩司は何も言わず、ショウから引き離した優樹を自身の胸に包み込む。
『ギュッ』と抱き締めたあと、視線をショウに向けた。


「俺のフィアンセがどうも。」


優樹にはわかる。
今の声はとても怒っている。
顔を見ないでもわかる。
きっと、優しい笑顔の下には鬼の面がある。


「やっと会えましたね。トムの同僚でショウと言います。よろしく。」


ショウは浩司に向かって右手を出して挨拶する。
浩司はその手を見つめる。
敵か味方か判断しているのだろうか?


優樹は視線をそっと上げて浩司の顔を覗き見る。


「浩司。......どーした?」


優樹が声をかけてもショウに視線を向けたまま。


「......ご丁寧にどうも。相楽です。」


浩司も握手に応える。左腕に優樹を抱きながら。


浩司とショウのやり取りを面白そうに見つめる二人がいる。
エリーとトムだ。


「エリー、以前ショウが日本で仕事していたときに可愛らしい女の子を見つけたって話してたんだよ。一目惚れでもしたのかな?まぁ、その女の子には男が居たみたいでね。二人で歩いている姿を見たって言ってたかな?」


「え?トム、もしかしてその女の子って?」


「うん、もしかしたら、なんだけどね。」


「ユーキなの?」


「かもね。」


二人は浩司とショウの間で戸惑っている優樹を見つめて話している。


「まぁ、ユーキはダーリンのこと大好きだからね~。今回のショウの恋は叶わないわよ?」


と、三角関係になることすらないとエリーは伝える。が、トムはそう思わないらしい。


「エリー......」


「なぁに?」


「ショウってさ、自分から好きになる子って彼氏のいる女の子だと思わない?そして、必ず手に入れてる。」


「あ、そう言われたらそうかも!あら、ヤダ!面白そう!!ユーキって男慣れしてないから危ないわね!ショウに落とされちゃう?」


エリーは、なお楽しそう!って雰囲気だ。
そんなエリーを見てトムは少しあきれ顔。


「エリー。それ、コージに言ったらユーキとの親友関係終わってしまうよ?」


少しエリーにアドバイスをかける。


「それはダメ!ユーキは大事で可愛い子なのよ。手離したくないわ!」


「それなら、なおさらだよ。コージは敵にまわしたら厄介だって君のお父様も言ってるよ。」


トムはエリーの父親の会社で働く社員だ。
ショウも同じ。


「ねえ、トム......」


「ん?エリー、なに?」


「そろそろ狼二人の間にいる子羊、助けてあげない?狼供は、握手したまま動かないわよ?」


「フッ......そうだね。エリーの可愛い親友ユーキだしね。」


エリーとトムは笑いながら狼と言われている二人に近づいて仲裁役をする。



「はい、ショウもダーリンも睨み合い終了です!ダーリン......ユーキが泣きそうよ?」


エリーの声に浩司は視線を下ろして見ると、不安げな顔をしていた優樹と目が合う。
ごめんな。と、頬を撫でると優樹もやっとホッとする。


「ショウも初対面なのに激しいな。コージは取引相手だぞ?喧嘩になったら誰が止めるんだよ。」


トムが嫌みも込めてショウの肩に手を置いて話す。
ショウも一息ついて


「まぁ、その時はトムに任せるよ。」


なんて冗談っぽく言う。
口もとは笑っているが、視線は優樹を捕らえている。


もちろん、浩司もその視線に気づいている。
トムも、エリーもだ。
気づいていないのは、鈍感娘の優樹一人。

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