たった一人の甘々王子さま
ホテルのロビーに到着。
優樹はエリーに電話を掛ける。
『トゥ、トゥ、トゥ―――――』
辺りをキョロキョロ伺いながら、スマホは優樹の右耳に。
エリーのことだから部屋にいてエレベーターで降りてくるだろうと自然と視線はそちらへ向いていく。
「エリー、早く出ないかな......」
なかなか出ない電話に眉間に皺が出来たとき、優樹の後ろの方から声が聞こえる。
「―――うじ、待ってよ!コレ、忘れてるわよ!」
「あぁ、悪い.......サンキュ。」
『え?日本語?』
こんなところで聞こえる筈もない言葉が優樹の耳に届いて思わず振り向く。
しかも、男性の声は浩司にそっくりだった。
「こうじ?」
優樹がそう聞こえた声の主をとらえると、男性の手が女性の後頭部に宛がわれてキスをするところだった。
『うっそ.......浩司が?』
顔までははっきり解らない角度なので本当に浩司なのかは判断できない。
キスといっても唇同士かもわからない。
それでも、背格好が似ているし、着ているスーツもそっくり。
さらに、日本語を話していた―――――
「いくぞ?会議に間に合わない。」
「えぇ......貴方がこんなところでキスなんてしなければ間に合うわよ?」
クスッと微笑んだ女性の腰に手を添えて、浩司と思われる男はエレベーターの中へと消えていった。
その時、やっとエリーが電話に出た。
『―――ハロー!ユーキ。ゴメンね、出るのが遅くなって。パパに書類を渡していたの。電話をくれたってことは、もうロビーに着いたのね?今から降りるからもう少し待っててね!』
いつものようにテンションの高いエリーがこちらに向かうというのに、優樹は暗い表情。
「エリー、ゴメン.........」
今にも泣きそうな顔で二人の男女が消えていったエレベーターを見つめる。
『え?ユーキ?どうしたのよ。』
これから優樹と食事が出来ると気分の良いエリーは訳が解らない。
「浩司が、知らないおねーさんとキスしてた.......」
言葉にしたくもないのだが、優樹はエリーにさっきこの目で見た状況を説明する。
『はぁ?それ、どういうことよ?今、仕事中でしょ?トムと一緒にいるはずだけど?』
エリーの声が苛立ちを増した。
「.....ッ......わっ、かん.....ないよ........グスッ.....」
我慢していた涙がこぼれ落ちそうな優樹はなんとか踏ん張っている。
エリーもその声を聞いて
『ユーキ!帰っちゃダメよ?そこで待ってて!あと、電話も切らないで!』
電話の向こうでは部屋を出た音が聞こえて、エリーが急いでこちらに向かっているのがわかる。
「エリー......ここのホテルね、今日、浩司と待ち合わせしている、ホテルなんだよ?」
なんとか涙をこらえている。
きっと、エリーの顔を見たらダメかもしれない。
『あ、やっぱり?トムとダーリン、ここのホテルで仕事してるのよ。きっと、仕事が終わったらユーキとラブラブするのね。』
「............もうそんな気持ち、どっかいったし。」
『ユーキ?本当にその人はダーリンだったの?』
「背格好も声も似てた。それに、ここで日本語を話す人なんて数少ないよ.......」