たった一人の甘々王子さま
「優樹ちゃん、今日はありがとうございました」
「先生、この度はご迷惑をお掛けしました。本当にありがとうございました」
生徒の父親に連絡を取り、自宅まで送った。定時で仕事を終えた父親が帰宅し、話をしてこれから帰宅するところ。
優樹は待ち時間や移動時間で浩司と連絡を取っていた。
「いえ。大事にならなくて安心しました。一応、今回の件は担任の先生に話をさせてもらいます。吉永さん、疲れたよね?週末はゆっくり休んでね」
「はい、ありがとうございます」
「では、失礼します」
優樹は吉永親子に頭を下げてその場を後にした。
帰宅途中、考えた。
『もし、自分にも同じことが起こったら.........』
浩司は喜んでくれるのだろうか?
教師の仕事は続けられるのだろうか?
「ま、自分はまだだろうけど。............浩司が30歳になるまでもう少しあるもんね。教師2年目、辞められません」
通りに出て、タクシーを拾う。
止まってくれたタクシーのドアが開き、乗り込もうとする。
と、前に喫煙者が乗っていたのだろうか。煙草の香りがして、忘れていた吐き気が優樹を襲った。
口元を押さえてしゃがみこむ。呼吸もせず。暫し時が過ぎるのを待つ。
「お客さん!大丈夫かね?病院まで行こうか?」
運転手さんがすぐに乗り込まない優樹を心配したのか声をかけてくれた。
「い、いえ、すみません。今朝から調子が悪くて......今まで忘れていたんですけど、煙草の香りで気持ち悪くなっちゃいました。............ふぅ、すみません。落ち着いたので、お願いできますか?」
頭を下げて、出来るだけ鼻呼吸を避けるようにタクシーに乗り込む。
「気分が悪くなったらすぐ教えてくださいよ?すぐに病院へ向かいますから」
タクシーの運転手は少し、いやかなり心配そうな顔をしてきた。
もしもの事があったら......と、思っているのだろう。
「はい、ありがとうございます。〇〇までお願いします」
笑顔でそう言った後、優樹はすぐに目を瞑り呼吸を整えた。
出来るだけ考え事をしないように。
無事にマンションに着くように祈った。