たった一人の甘々王子さま
「ご心配お掛けしました。ありがとうございます」
運転手に代金を支払い、お礼も言い、タクシーを降りてひと呼吸。
「自分の服から煙草の臭いがする......早くお風呂入ろっと」
未だに胸がスッキリせず、吐き気は落ち着いても気持ち悪さはなくならなかった。
「食べ過ぎでここまで気持ち悪くなるかな?消化不良かも......胃薬飲んだ方がいいかな」
独り言を言いながら、マンション内へ入っていく。
エントランスに来たところで浩司からのメール着信が。
『優樹、お疲れ様。今、帰ってきたよ。
今日は大変だったね。
晩御飯今から作るけど、なにが食べたい?』
「あ......もう帰ってきてるんだ。ごはんか......食べたくないなぁ」
スマホを見ながら呟いた優樹は、今朝の炊きたてのご飯の香りを思い出した。
「ん......気持ち悪ッ......」
ちょうどエレベーターが到着してすぐに乗り込む。ボタンを押して目的地に着くのをひたすら待つ。
エレベーター独特の浮遊感に再び吐き気が優樹を襲う。
『大丈夫、間に合う。我慢できる』
心のなかでそう祈りながら行き先階数を知らせる数字を見つめる。
到着音がしたと同時に開いた扉を横向きで通り抜け、急いで玄関へ。
準備していた鍵を右手に持ち、いつもの倍速で鍵を開ける。
ドアを開け『ただいま』も言わずにトイレに駆け込む。
ドタバタとした大きな音がキッチンにいた浩司にも気付いたのだろう。
トイレで踞る優樹を見て驚いた。
「優樹?何があった?」
背中をさすりながら問いかけるが、優樹は答えられない。
「お水持ってくるから、まってて」
キッチンに戻った浩司はコップに水を汲んで戻ってきた。
トイレットペーパーで口元を拭う優樹はその水を受け取り、少しずつ口に含んだ。
「優樹?何かあったの?」
トイレの壁に凭れて胸をさする優樹。浩司の問いかけになんとか答えようと落ち着かせる。
「......タクシーで帰ってきたんだけど、煙草の臭いが辛くて......気持ち悪くなっちゃった」
優樹の前にしゃがんだ浩司は、そっと頬に手を当てる。
今まで、煙草の香りにそんな反応を起こしたことがあったのかを思い返していた。
「朝もさ......炊きたてのご飯にも気持ち悪くなってね......」
話を続ける優樹に、浩司はふとある思いが過った。
優樹に視線を合わせて聞いてみる。
「ねぇ、優樹。生理、来た?」
「......え?来てる......ん?あれ?今日、何日だっけ?......先月、来たっけ?」
突然の質問に優樹も驚く。
答えながら思い出すが、記憶は曖昧。
「鞄の中から手帳を出して。確認しよ?」
浩司が玄関に置きっぱなしの鞄をもってトイレに戻る。
その鞄を受け取った優樹は手帳を開く。
「.........来てない......先月も来てなかった。忙しくて覚えてなかった。来てたと思ったのは......2か月前のだ」
優樹は手帳を開いたまま膝の上においた。
動けなければ、言葉もでない。